August 19, 2008

意外にイオン

意外にイオングループだった企業リスト

寺島薬局(ドラッグストア)
ツヴァイ(結婚仲介)
やまや(輸入食品)
タカキュー(紳士服)
オリジン弁当(弁当)
ホーマック(ホームセンター)
ローラアシュレイ(雑貨)

August 05, 2008

中村勇吾 2008.7.22

動ナビ派の茂木さんとDMM派の僕で鋭く対立し、一瞬スタジオに緊張感が走るところあたりが見ものです。

July 12, 2008

世の中から101をなくしたら

フォントの話。101という、広告などでよく使われているフォントを、世の中からなくしたら、ほぼすべてロダンに変わる。ロダンというフォントはそういう存在。一部、ヒラギノやAXISや新ゴというフォントにも流れるはず。次に新ゴをなくしたら、AXISとヒラギノに流れる。一部ロダンにも流れる。次に、ロダンとAXISとヒラギノ全てをなくしたら、シーダが残るだろうか。シーダはモトヤという老舗の活字屋。老舗だが、ここまできてやっと選ばれる。シーダがなくなれば、もしかするとイワタ新ゴに流れていくかもしれない。しかしみんな渋々だろう。イワタ新ゴはそういうフォント。

過去に、ゴナというフォントが世の中からなくなったとき、ほぼすべてが新ゴに流れた。石井ゴシックがなくなったときも、セザンヌに流れた。でもセザンヌではやはりものたりなくて、しかたなく31とかで妥協をしていた。するとこぶりなやニューセザンヌが出てきて、そこにまた流れていった。イシイゴシックに、という人もいたかもしれない。

世の中のゴシックは、そのくらいの小さな世界で成り立っている。いままで何億円かのフォントをいくつつくったかしらないが、そのくらいの小さな世界しかつくれていない。その小さな世界にすら仲間入りできずに消えていく奴もいる。

誰かの後釜になるのではなく、いろいろなゴシックから、自分のところへ流れをつくろうとした筑紫や味岡がなは、ある程度成功はしたかもしれないが、101にはなれなかった。101はトヨタであって、自民党であって、ドコモなのだ。

July 11, 2008

バンドでの

音の出し方について。

その時に鳴っている音、その時の少し前までに鳴っていた音の、あいているスペースに音を出す。ただし、あきすべてを埋める必要はない。好みに応じて。それをくりかえす。

スペース1.
音の高さのあき。重低音がないとき、ベースをだす。高音がないとき、ハイハットを叩く。

スペース2.
コードにとってのあき。ルート音、ナインス、セブンスなど。

スペース3.
進行上のあき。盛り上がったか、まだか。そろそろエンディングか。ソロの間に一度テーマをはさむか。バースをやる(聞き手、演じ手)の余裕(スペース)はあるか。

スペース4.
音質のあき。ふわりとした音質か、パーカッシブな音質か。あえてスペースのないところに出してみるもよし。楽器を変えるもよし。エフェクトかけるもよし。

スペース5.
リズムのあき。早いフレーズ、おそいフレーズ。

スペース6.
雰囲気、気分のあき。フリーな気分か、ビバップな気分か、メロディアスな気分か。それをすばやく切り替えてみるもよし。しばらくワンパターンでいって、自分であきをつくり、そこにみずからとびこむもよし。誰かにさきにとびこまれることも。


分単位のスペース、秒単位のスペース、いろいろ。あえてスペースをつくる、あえてスペースのないとこにぶつける、いろいろ。聞き手にとってのスペース、演じ手にとってのスペース、いろいろ。

July 10, 2008

新バンド

久しぶりの新バンド。
現役生ばかりで完全アウェイなのだが、合宿でやったメンバーなので大丈夫だろう・・、と思うがわからない。運良くだれにも断られなかったのが幸い。こうしてメンバーをあつめていると、可能さんの頃を思い出す・・。とりあえず来週曲決め。曲決めなんて何年ぶりだろうかw(>mitani)
まあでも月1回枠なので、ゆったりした感じでできるといいなと思ってます。なのでバンド練で下級生が泣くというような事態にはならないと思います。というわけで今日ジャッキー間クリーンのCDとヒノテルのCDを買いました。

ジャズ研8年目、と思って、1年目から順に誰がいるのだろうと書き出していったら、どう考えても自分は7年目になってしまう。でも西暦でいうと8年目なのだ。恐らく、6年目と7年目は同じ学年として認識されている・・。4年目と5年目も危うい。でも僕も嘗ては自分の1つ上以上はもうすべてひとつの塊だった。自分もそう思われているのか。

July 09, 2008

合宿

2日目:
弾ちゃんの車にmitaniとエリーが乗って実家まで来る。準備をあわててしたので、何が必要で何が不必要か吟味する時間がなかった。23時ちょっと前に出発。途中ミニストップでパイン飴と水買う。mitaniに貸していた金銭を彼女経由で返してもらう。
26時半到着。途中赤城高原だと思って入った赤城SAがしょぼすぎて吃驚。赤城高原に改めて入ってうどんを食べる。よしもとの自販機があったが、しばけんの合宿写真にも同じものが写っていた。
到着後、眠いのでそのまま寝る。5人部屋に2人、贅沢に使う。いずれ誰かが遅れてくるのだろう。それまでは贅沢に使う。雨が降っていた。僕にとってシェラ土足は2年目。いまだに半信半疑で土足でいる。Aスタに寝転がるのは、OKなのか?分からない。芝の上にいると思えばよいのか。

3日目:
8時に起きて風呂。シャンプーがリンスインシャンプーになっていた(去年はリンスとシャンプー別だったらしい、mitani談)が、それよりも、水で薄めてあるような感じで泡立たない。ボトルによって薄め具合が違った。湯船はぬるめ。
その後朝食。シューマイの旨さに初めて気づく。ふりかけがミニ化していた。めがねの女性従業員がいた。ブルーベリーティー的なものがあったが、飲まず。髭が伸びてしまって大変なことになっているギターの方。彼は今年のMVPだと思う。雰囲気作りを買って出ていた。自分でもあえてその役回りに徹したと言していた。偉い。
今年はOBが少ない気がする。去年は、同期、一つ下も結構来ていた気がするのだが、今年はあまりいない。でも返ってそれが良かったような気もする。大体の顔はわかったし。例年だと1年生や2年生まで接する余裕はないのだが、今年はそうでもなかった。
しかし殆ど寝ていた。何度寝坊したことか。曲練、ミーティング、途中帰宅1年の仮発表、昼食、みんな寝坊した。おかげで、どの曲を何日目にやったか、さほど覚えていず。途中、班長が寝ている僕を起こしに来てくれたときには、眠さからあやうく本気で飛び掛るところだった。そして飛び掛ろうとしたあとまた寝てしまい結局寝坊した。すみません。昼ごはんはネギトロ丼。しばけんと初めてちょっと喋った。
夜には忠太さんやかじちゃんが来た。忠太さんは同じ部屋。結局5人部屋を最後まで3人で贅沢につかった。ダテクと3人で写真展をやりましょう!と!それは楽しそうだ。裂きイカを食べ、マンドリン(?)を弄り、スパルタ班の練習に。ボコーダーは相変わらず設定が難しい。が、うまくできた。思考が野上にドラムパターンを伝授しようとするも、なかなか言葉で伝わらず、二人の苛立ちが見え隠れする。でも練習は楽しかった。エフェクターのキーチェンジで喋ることでラップとし、それをやる。非常に楽しいのだが、これを発表でやっていいものかどうか、1年生は退かないだろうか。27時寝る。

4日目:
9時過ぎ起床、朝食。今日はベリーティーがない。シュウマイを食べる。ポテトサラダがマカロニサラダになっている。朝曲練、その後風呂に入ったら、昼ご飯が終わっていた。一人で食べる。店員が優しい。ミートソース。サラダは食べられてしまった。その後Cスタにてミーティング、Aスタにてリハーサル、劇ミーティング。レディへのへが片仮名か平仮名か分からない、という話。くまの絵、アンビエンツの絵。今年はCスタ、Aスタにしかいなかった。あと少しE(?)スタか。Aスタの回るライトの消し方を教わる。大型冷房のスイッチはいまだに分からない。菊池君にスイッチを頼み、買出しに。カメラの電池が切れたのでついでに買う。異様に切れるのが早い。確認のため、Aスタのだれかのカメラの電池を少しの間借りました。ありがとう。
いったスーパーがホスピタリティ溢れている。全国の名産品とか置いてあるし、惣菜とかもなんか自然派おふくろ派で凝っているし。人もたくさんいる。戻ると準備は終わり、本番。食べようとおもっていたおっとっとは振り分けられてしまい少ししかもらえず。かきピーは結局食べず。
じゃんけん、三井班先攻。今年は2班。これはこれでいい。4ビートで緊張するmitani。彼、あんな曲やるんだね、と言う4年。後半野上怒涛のメドレー。スティックの先が折れている。あれが目に刺さりでもしたら大変なことだ。MCはひとりひとりネタ発表的なもの。発表前にタジマの長文メール。ワードで送ってきたらしい。パクリフレーズばかりだったらしい。でもよかった。
後攻。はじめの曲のあと、10曲くらい休みで、その後2曲ぐらいやる。どの曲もよい。派手すぎず、地味すぎず、まとまりすぎず、まとまらなさすぎず。全員曲は始め好きになれなかったが、やってみたらそんなことはなかった。1曲目はテーマで吹く音が3音のみ!3音!GとFとBbのみ。すげー簡単。あおい「高いGは出ません」。フラジオ練習しようと思っていたのに結局やらなかったな。でも替わりにコンディミ練習しまくった。3パターン覚えれば、全キー対応可能!だが覚えられない。角田「ジャズはダンスミュージック」「6年間で最高の合宿に(的なこと)」。レディへ、何年か前のkissと被る。当初Ts、Tpで完結していた曲に、ハモりをつけることで無理やりいれてもらう。すみません。わがまま言って。やらずに後悔するより、やって後悔しろ!と。とにかくすべてにおいてとてもいいメンバー、選曲、雰囲気だった。把握するかぎりではけんかゼロ。
劇の前にスパルタ班。3曲。みんな前に来て普通に座って聞いている。こんな近くにいたらボコーダーで歌えない・・・。ラップは楽しい。後を向いてやったので退いていたかどうかはしらない。劇。ドラゴンボールを集めて妹に会うという話と、キモイため就活に落ち硫化水素自殺するという話。その後片付けを先にして、セッション。素晴らしかった。たいてい最後のセッションは眠さとだるさと疲れでグダグダ、なんでもありになるのが常だが、今年は違った。張り詰めた感じ、上級生が少ないからだろうか。風呂に入って寝る。4時ごろ。

5日目:
朝起きて片付け続き。今年は前夜にやったので9時集合。大貧民、セパタクローをしつつブランチ。今日はベリーティーがある。ケーキがでる。カテキン「たろうは一番うまいギター」「他のジャズ研に比べて、全体的にレベルが高い気がする」。ひでお「オーボエは吹くのが大変」。
ピラミッド。写真撮影。もってこなくて良かったもの、CDプレーヤー、ソニーのMP3プレーヤー(shuffleだけで充分だった)、靴下、ビニール袋、虫よけスプレー、シャンプー、ワックス。髪切ってくればよかった。
今年は温泉に行かずそのまま帰る。三郷で常磐道に乗りそびれる。一度帰宅、風呂、着替えて打ち上げ。オバリン他来。東屋で礼讃に軟補導さる。1学へ。三井班合流。1時ごろ帰宅。

June 28, 2008

出産

人間はホニュウする。出産時の母親にかかる肉体的負荷は大きい。育児には、金銭、精神、肉体などもろもろの個人的/社会的努力がいる。子の巣立ちには数十年を要する。時には親のもとを離れようとせず、ごく稀に、そのような子に不安を抱いた親や周囲の人間が、彼らに対し逆上した子によって最悪死に追いやられるといったようなことも近年ではあるようだ。


母親の母性本能は強い。子は10ヶ月を母親の胎内で過ごす。そのため母親は、子を、まるで自分の分身のように感じることがあるのだそうだ。何百の卵を産み、しかも産んだ後に受精をするようなものたちでは、はたしてどのようにこの感情が生まれるのか。いわば我々からみれば、排泄、にも近い行為が、彼女たちにとって、人の出産と同じ、母性を実感するための行為になりうるのか。さらに、何百の子を一度にもうけ、どの卵がいつ孵化したのかの記憶も曖昧で、もはや個々の区別が不可能となったような家族の状態で、人でいうところの育児という行為は、成立するのか。そしてそういう状況の違いこそあれ、彼らなりの社会の秩序が今日まで保たれ続けている(ようにみえる)という事実。

May 21, 2008

ほじょ犬

厚生労働省のポスターに、写研書体が使われている(しかもアウトラインとって)。
何故だ。

April 21, 2008

April 20, 2008

マイ・エレメント


ふところは狭めに。重心は低めに。字面は揃えない。
游ゴシックよりぼてっとしていなく、クニャっともしていなく、もうすこしシャキっと。

April 15, 2008

味岡伸太郎 2001

私はデジタルの時代の遥か前から、写植の時代を含めたこの15年間、私が制作に関係した書体しか使っていません。もちろん私は仮名を担当し、直接漢字の制作はしてはいないが、一応レベルのある漢字書体に適合した仮名を作ってきました。その結果、明朝・ゴシックから丸ゴシック・横太明朝まで、あまり使うことのないジャンルを含め、基本書体は自作の書体がファミリー化して揃っています。
 既成の書体が目的に合わない場合にはその都度制作することにしています。名刺の名前に使う明朝体が気にいらなければその都度書くことにしています。小町、良寛もそうして生まれました。一昨年には一冊の本の為に必要な漢字約400字を制作したし、現在も仲間と共に作る地方出版社のために一書体作ろうかと考えています。既成の書体に満足しなければ使える書体を作ればいいのではないか。そしてそれに汎用性があるのならばフォントとして販売することも可能となります。
http://www.font1000.com/mail-folda/mail-kizon-font.html

April 12, 2008

ケラリーノ・サンドロヴィッチ 2008

「他者」がいない客席は駄目だ。「他者不在」の状態は、他者(例えば俺)が観た時、大きな違和感を感じる。マギーには悪いが、後期のジョビジョバはそれが嫌で観に行く気になれなかった。ラーメンズもそう。ナイロンにもその気配がないワケではないが、まだ大丈夫だと思えるのは、ごくたまにキャラクターグッズ的なモノを物販した時に、さして売れ行きが良くないからだ。これは俺の偏見か?「なんでもいいから関連商品は買う」みたいな観客が増えるとヤバイんじゃないかと思える。「味方」しかいない客席はつまらない。もちろん「敵」しかいないのは最悪だが。

April 11, 2008

手塚治虫 1978 年

マンガはもう終わりにきている。

メジャーになって、文化になってしまった。
サブカルチャーでできていたことができなくなった。
世の中を笑い飛ばすことができなくなった。
みんなを喜ばせなければいけなくなった。

April 10, 2008

04/03/16 03:38

254 :ФゝФ〕Иαηα∫н!∫αη:04/03/16 03:38
中島英樹もCAPにもデザインの根底には同じモノを感じるけど?
写植を経験してる感じというか。服部一成はもとは広告だから
文字やレイアウトに対する感覚がちょっと違う気がする。
たしかにCAPは賞取れてないね。gggで今展覧会やってるけどw
中島英樹とCAPの差はフォトディレクションか?
でも良く考えてみるとCAPってフォトディレクションに高い比重を置く
仕事あんまりなさそう。vogueくらい?
vogueでも写真に対してどれ位の権限持ってるのかわかんないしね。
フォトディレクション力必要とされそうな流行通信切られるの意外に早かったしな。
やっぱりCAP、ていうか藤本やすしはフォトディレクションがヘタなのか?

だれそれのブログの

「前のページ」と「次のページ」。「NEXT」と「BACK」。

どちらが過去で、どちらが未来か、咄嗟に分からなくなる。

僕らの日常では、
「前」は過去だし、「次」は未来だ。

でも、ブログシステムにとっては、
今、自分が見ているページを基点にすると、
「次」は「現在より離れる」になるし、「前」は「現在に近づく」になる。
ブログには基本的に未来はないので、
「次」は過去だし、「前」は未来だ。

ページの構造にとっての前後なのか、作者の時間軸にとっての前後なのか。

恐らく、最近のタンブラーなどでは、
「Older posts」と「Newer posts」や、「Previous post」と「Next post」という表記で、
これを解決している。
やはり、時間の概念を言葉に持たせた方が、我々にとっては分かり易い。

April 08, 2008

本明朝とMS明朝

どう見分ければいいだろうか。
少なくとも「あ」に関しては、MS明朝は本明朝に対して左に2.8°傾いている。
傾きを補正した。赤がMS明朝だ。
一画目のトメが、MS明朝ではややゆるい。
そのほかの部分についても、全般的にMS明朝はトメ、ハネにメリハリがなく、本明朝はある。
「こ」をみてみる。


同じようにMS明朝はトメ、ハネにメリハリがなく、本明朝はある。
また、本明朝では、一画目の始端と終端、二画目の始端が切断処理されている。
MS明朝は、丸い。
また、MS明朝は、二画目がやや直線的だ。
「あ」にみられた文字の回転は、「こ」ではみられない。
リョービのゴシックは、OpenType版でかなの形が変わってしまった。
(ナウG、シリウスも変わってしまった)
WEB上にTTF版の見本が公開されていないので、比較できない。

タグ

tiddlywikiとかでタグつけてるときに、
tool
にしたのか、
tools
にしたのか分からなくて困る。

toolもtoolsも存在するようになると、どちかにまとめるのが大変で困る。

どちかにまとめたとしても、またどっちにまとめたのか忘れるので困る。

複数形にしたんだっけ?タグはいっぱいつくもんだから、ふつうは複数形にすゆよな。いや、でもこの記事いっこに対してのタグなんだとしたら、これは単数形だよな。どっちだっけか

April 03, 2008

yugo

「デザインするのがおもしろくてたまらない。
 生理的に、ずーーーっとやっていられるんですよ。
 今でも好きで好きで、趣味感覚でやっているところがあるので、
 周りの人に叱られちゃうことがあるくらいです(笑)」

中村さんが楽しそうにウェブの説明をしてくださる姿を前に、
「好きこそものの上手なれ」って本当にそうなのだな、と思う。
ウェブデザインの道を本格的に歩み始めて10年も経っていないのに
すでにウェブデザインで世界中から注目を集めている底力は、
きっと、その「好き」から来ているのだ。

中村さんは、大学院まで建築を学び、その後、建築事務所に勤めていたのだが、
仕事を始めてしばらくすると「自分のやりたいこととは違う」と思い始める。
その当時の自分を「ダメサラリーマンだった」と言い切る。
勤務時間以外の時間に生き甲斐を求め始め、
趣味の延長で、もとから好きだったウェブデザインを独自に始める。
その後、一念発起、
サラリーマンを辞め、ウェブデザイナーの道を歩み始めたのだ。
そもそも、学生時代から夢見てきた建築の道をすべて捨てよう、
と思い切ること自体、きっと勇気のいることだったろう。
それに、いくら好きだからといって、
ウェブデザインで必ず成功するという保証もない。
迷いはすごくあったという中村さんだが、
その決断は、ある日突然できたと言う。

「ウェブの世界に趣味レベルで関わりはじめて、
 会社が終わったあとや週末に色々作っていたんですけど。
 そっちのほうがすごく面白くなって、
 だんだん趣味と仕事の重みが逆転してきたんですよね。
 なんて言うのかな、
 仕事をしている時間、本業の仕事をしている時間がだんだん、
 もったいない時間のように思えてくる時期があって。
 『あれ、なんで俺、こんな今の仕事をもったいない時間とか
 思っているんだろう』と。
 今やっていることが本来の自分の時間じゃない気がしてきて、
 自分の本能というか、やりたいことにちょっと忠実にやってみようと、
 もったいないと思った瞬間に、決断したんですね。
 次の日から、そういう方向に向けて動きだしました」
http://www.nhk.or.jp/professional-blog/100/7865.html

March 23, 2008

トルストイ

幸せな家庭はどこも似ている。不幸せな家庭はばらばら。

February 23, 2008

橋本和夫

それについては僕、疑問なんです。いまは、コンピュータのプログラムで細いのから太いのまでできちゃうでしょ。一から一〇までの太さの範囲で、細・中・太を作る。その内の細は本文用で、太は見出し用にというコンセプトでデザインされる。でもね、その細を本文用として使ったときに適切かどうかというのは、また別の問題ですよね。太い文字をプログラムで細めただけではダメな場合だってあるわけです。小さいポイントの文字では、もっと懐を広げなければいけないとか。

ですから、細は細の要素が必要でしょうし、太は太としての機能を加味してデザインすべきじゃないでしょうか。先人の生み出してきた金属活字や写植文字の書体群に、歴史の重さを思いますね。

やはり、明朝体にしろゴシック体にしろ、写研の本蘭明朝体を開発した経験から考えると、DTPの本文組版に耐えるデジタルフォントを設計する必要はあると思います。活字、写植のアナログ文字媒体と、デジタルフォントのデザインに関わって感じるのは、ここらでもう一度、活字や写植の時代から培われてきた文字の設計思想を理解しておく必要があるのではないかということです。活字のポイント別による文字機能や写植の多書体化の特質を、デジタルフォントは持っているように思います。その土台の上に立って、改めてデジタルフォントのこれからを、タイプフェイスのデザイナーとしても考える時期にきていると、僕は思いますね