October 31, 2007

三昧

最近昔よく聞いていた槇原敬之のアルバムから100曲ほどシャッフルに入れて聞いているが、

よくまあこんだけ似たコード進行の癖に全部曲が違うように書けるな…、と関心しています。さすがです先生。

アレンジというのは、単曲だけで聞くんだったら大して重要じゃないかもしれないが、こうして大量の曲を作っていく上では、大切だと感じています。その点、ギターとドラムとベースだけのバンドは、やっぱりアレンジが似通って、どの曲も同じに聞こえる。バンプオブチキンなんて、全部同じに聞こえるもの僕は。

槇原敬之の場合、ドラムもベースもその他ほぼ全部打ち込みだし、楽器音以外も多様しまくってるので、ねたは尽きないのだろうなあ。にしても全部曲装がしっかりしてるから、聞いていて戸惑わない。この曲はこういうコンセプト、というのがみんなしっかりしている。しかもアルバムごとのカラーもちゃんとあるし。本当関心します。

で、打ち込みではあるのだけど、ピアノとギターだけはほぼ生なので、打ち込みぽくないのですよ。しかもギターといってもただの伴奏ではなくて、ちゃんと小倉氏が真面目に弾いて、たまにソロもとるので。


ただ、最近の(出所後の)は、どうもその、センスが一部変わったといいますか、いい曲ももちろんあるにはあるのだけど、なんだか方向性がはっきりしない曲がたまにあったり、ずいぶん粗い方向の曲があったりと、いまいち手放しでは聞けないんです。いい曲ももちろん大多数なんですがね。なんだか各アルバムのカラーがいまいち自分のなかではっきり塗り分けられない。これはミスチルも同じことが言えるのだけど…。で、自分がしっかり聞かなくなったからかと言うと、そうでもない。他の日本人ポップスはちゃんとアルバムごとに認識できるので。

ぱっと曲だけ聞いて、どのアルバム!って分かったり、アルバム見て、曲が浮かんできたりしないのよね…。

なのでシャッフルに入れてるのはいまのところ逮捕前のまで。そのうち残りもいれてみます。

しかしながら、やはり歌詞に関しては…。まあ、これで退廃的な歌詞ばかりだったらここまでのし上がってないしな…。別にいいんだけどさ。うん。

October 26, 2007

CD-R

CD BabyというインディーズのCDを製作者がネット通販できるアメリカのサイトの日本語版に、「CD-RをインディーズのCDとして売ってもいいか」という問題についての意見が書いてあります。
http://cdbaby.com/jp/page10/page10.html

によると、
「いずれにしろ、自主制作とは自分の作品を自分自身で制作し、プロデュースするのですから、自分が用意できる環境で最善を期し、出来上がった CD-R を再生して問題がないと自らが判断すれば、それで OK なのです。」
(本意:CD-Rはだめだ、というわけではない。むしろ普通のCDよりいいときもある。ただし、粗悪品のCD-Rを使ったり、下手な焼き方をすれば、当然品質は低くなる。自主制作をするなら、使うCD-Rと焼く環境にも責任を持て。)

所々投げやりな日本語だったり、たまに矛盾している部分もあるけれど、とても真っ当な意見だと思います。

そもそもCD Babyを知ったのは、
CD Babyで売っている、MICHAEL BLUESTEINがとても気に入ったからです。
(iTunesで視聴&購入できます。でもなんだかやっぱりCDの方がいいので買いました。)

■追記
このCD Babyは日本からも出品できるみたい&iTunesなどのオンラインサービスにも出品される(可能性がある)&初期費用は35ドルらしいので、デビューしたい方はどうぞ。
http://jp.cdbaby.net/

■追追記
で、CD Babyにある、デビューを目指す心得解説のようなものが面白いです。例えば、

~以下長いけど引用~

○自分の音楽を適切に表現しないと、ファンは作れない

ある人が尋ねます:「どんな音楽をやっているの?」
ミュージシャンは答えます:「どんなスタイルでも。すべてだよ。」

その人は、次にこう尋ねます:「じゃあ、誰の音楽に似た感じ?」
ミュージシャンは答えます:「誰にも似ていないよ。僕たちはまったくユニークなんだ。今まで聞いたどんな音楽とも違うものなんだよ。」

その人はどうするでしょうか?
答えは 「何もしない」 です。そのうちチェックしてみるなどとあいまいな約束をして立ち去り、あなたのこを忘れてしまうでしょうね!
どうしてって???
相手の興味をかき立てなかったからです!セルフプロモーションの大原則に違反したのです! これじゃあ全然ダメです!

こう言ってみたらどうでしょう。「火星人が演奏している70年代のポルノファンク音楽みたいです。」
または…「このCDは、まるで、ピンクの羽を持った妖精があなたの耳たぶにやさしくキスするような音楽です。」
または…「激しく踊るようなレゲエ音楽です。この音楽が流れると、たちどころにヤシの木と砂浜が現れます。激しいグルーヴは、ダンサーでなくても架空の島の雰囲気に陶酔させ、全員が砂の上で踊りだすでしょう。」

このような表現を使うと、相手の興味をそそることができるはずです。

自分の音楽を表現する魔法のキーフレーズを用意しましょう。いくつか実際に使ってみて、見知らぬ人から常に良い反応を得られるフレーズを見極めたら、そのフレーズを採用することにして、いつでもすぐ使えるように準備しておきます。

音楽の幅を狭める必要はまったくありません。上の3つの例はいずれも音楽を限定しているわけではありません。

つまり、大事な点は、あいまいな言葉ではなく、興味をそそるような言葉で自分の音楽を表現する魔法のフレーズがあれば、全然知らない人にでも「なんだろう?」と思わせることができる、ということです。

どんな表現を使う場合でも、「すべて」、「何ものでもない」、「あらゆるスタイル」、「まったくユニーク」などの言葉の使用は控えてください。

「何か」を表現してみましょう!

http://jp.cdbaby.net/say-what-you-sound-like

■追追追記
尚、このアドバイスを書いたのは、
デレク・シバース(Derek Sivers)氏。CD Babyの創設者だそうです。
バークリー音楽院卒、坂本龍一のバックも勤めた元ギタリスト。
http://jp.cdbaby.net/derekintro

プログラミングでもやや名を馳せている人のようです。
氏曰く、

~以下抜粋~

○プログラミングはソングライティングに似ている

・きっとある/あるべき何かという曖昧なコンセプトに始まり、それからそのヴィジョンに向かってゆっくりと作り上げられていくところ。彫刻にも似ている。
・ソングライティングも、ユーザインタフェース設計もともに、ずっとオーディエンスに興味を持たせる必要がある。つまり、一つ間違った選択をしてしまうと、オーディエンスは二度と戻ってこない。
・誰がやっても、問題(小さいのであれ大きいのであれ)の解き方は少しずつ違う。
・あなたが最悪だと思う曲やプログラムの中に、何度も再利用できる素晴らしいアイデアがあったりする。

http://www.yamdas.org/column/technique/ow_sngwrtj.html

October 19, 2007

youtube

のプレーヤー(他のサイトに動画を埋め込んだときのプレーヤー)がまたバージョンアップしている。
シークボタンの動きが滑らか、関連動画の出方が滑らか、全画面から小画面への動きが滑らか、と全体的に滑らかになっている。下側の操作パネルの幅も太くなったし、色も薄くなった。
という気がするのだが、リリースがみあたらない。

October 18, 2007

まったくもう

会社の男子トイレの大便器の奥の方に、ウォシュレットのお尻からの跳ね返り水滴がついたままにしている諸君!きちんと拭き取ってから個室を出たまえ!

それから、兼ねてから思っていたが、手洗いの自動水栓は、こちらが石鹸を泡立てているだけだというのに、まだ洗っていないというのに、もうすすごうとしてくる!何とかならないか。

October 11, 2007

カメラ

ファインダーを覗いて、夜、蛍光灯や常夜灯をみると、蛍光灯の像の真下に、うっすらと蛍光灯が映り込んで二重に見えていたので、これはファインダーかスクリーンかミラーの汚れか故障かと思い、ニコンへ行った。
他のマニュアルのカメラではそんなことないのだ。それに、どのレンズで見てもそうだから、きっと本体の問題だろう。

結局故障ではなくて、最近の一眼レフの特性なのだそうだ。F80も、D50?も、とにかくみんなそうなのだそうだ。実際触ってみたがそうだった。マニュアルカメラは、スクリーンの構造?が違う(層が一層?)ので、二重にみえない。
ついでに、内蔵ストロボが僅かに浮いてしまっているのの見積もりをとったが、最高一万と言われたのでやめた。
この間出したレンズの曇り取りは、見積もりは2万だったが、結局1万だった。生産終了品につき、替えのレンズ玉がないので、清掃工賃のみ。カビは完全にはとれなかった。

帰って来て、ストロボの上蓋を空けてみた。ヒンジ部分のプラスチックの止め具が奥に引っ込んでいたので、元に戻したら、ストロボの浮きも直った。簡単なことだった。
ただ、いろいろなところにひびが入っている。F80Sを考えていたが、どうもシャッターボタンが押しにくそうなので、U2にしようかな。高い/マニュアルのカメラは重くて困る。まだデジタルを買う気にならない。

今まで、撮ったフィルムのケースを捨てていないでとってあるので、今度数えてみよう。あとどのくらいでシャッターが寿命だろうか。

道具にお金をかけることと、練習をすることは、どっちが先だろうか。
愛着のある道具を使い続けることと、新しいいい道具を常に使うことは、どっちが得だろうか。

広い背景に小さな被写体をひとつ入れる(例えば草原の象一匹)とき、象を真ん中に持ってくると、主役は象だが、象を真ん中から少し外すと、主役は草原の広さと象の小ささ、という意味自体になる。写したいのは被写体ではなくて、その雰囲気というときには、有効になる。

大学の写真の先生は言っていた。単焦点で撮りなさい。ズームレンズは、被写体との距離を決めるために自分が移動するということをしなくなる。自分で歩いて、画角?を決めなければだめだ。
で、僕は単焦点の次に広角ズームをかった。(広角単焦点は高いので仕方なくズーム)広角はいくら後ずさりしても標準レンズでは無理なものがとれる。狭い部屋とか。その次にマクロの単焦点をかった。これも、僕の持ってた標準レンズでは近づいても近づききれないものが撮れる。望遠というのは、余り興味がない。自分の目で見えないものを撮っても、楽しくない。

自分の目は、だいたい70�くらいのレンズに相当する。50�のレンズは、自分の目よりやや広角なのだ。ただ、その分フィルムの面積が視野より相対的に狭いので、ちょうど見たままが写る、ということになっているのかもしれない。

でも、その見たまま、は意識的に見ているまま、であって、見えているままではない。ということが広角を使ってみてわかった。広角で見ると、周辺視野が全部はいる。周辺視野を中心視野?につめこめるので、遠近感の感覚が麻痺して面白い。広角レンズを覗きながら車に乗ると、体感速度が倍増する。

亀田 誠治

今年で43歳。
武蔵高校、早稲田(第一文学部)卒。

ヒットの法則
・ヒットさせようとして作ったことは一度もないが、経験則的には以下の要素が必要。

1.アーティスト
・声質
・若さ、かつそれに矛盾する何かの技量
・見た目
・リアリティ(共感できる背景、かつ実話)

2.楽曲
・コードとメロディ(カノン進行、マイナーキーのドミナントケーデンス)
・アレンジ(ただし、必須ではない)
・歌詞

3.プロモーション
・映画タイアップ
・TVドラマタイアップ
・CMタイアップ

※3.については、映像タイアップに限った話で、しかも内容が、タイアップ時の苦労だったので、どのように必要なのかは説明なし。

その他
・朝5:30~6:00には起きて、9:00には仕事場につく。朝所用をこなして、午後スタジオに入る。
・疲れていても疲れていないと思い込めばいい
・寝る時間は決まっていない
・後半にはクリス智子が来た
・音楽業界にいるとしても社会人は社会人。遅刻しない、締切りを守る、譜面・デモを用意してから仕事に望むとか、そういうマナーは必要。
・24歳の6月まで、ニートだった。
・デビューはCOCOの楽曲提供とアレンジ、【シティ・ポップスの誰か】のバックバンド
・子供が2人(中3?、小2?)
・ミスやトラブル自体は責めるが、その本人は責めない
・気遣いと気配りは違う。気配りはするが気遣いはしない
・動きとしゃべりが少し釜ぽい。気弱なおじさんという感じ
・椎名林檎に関する話はほぼなし

October 09, 2007

JTのマナー広告

ことし、はやってほしくない

メイクは、車内でのメイクです

(改行位置が間違っていると思う。「今年、流行してほしくない」、なのに、「今年は、やってほしくない」にも読めてしまう)

September 28, 2007

ipodshuffleを使っている

のだが。どうもうまく使いこなせない。

問題点:
・shuffleの中の曲を入れ替えたり、レートをつけたりすると、いちいち同期してうざい。
以前のitunesのバージョンでは、shuffleが接続されていないときにも、shuffle内のプレイリストを編集できた(で、shuffleを接続したときに同期できた)ようだが、今のバージョンではできない。どうやら、appleが、itunesのソースリストの見栄えをすべてのユーザーで統一させたいから、とのことらしい。
・「shuffleに入っている曲のプレイリスト」が作れない。
ソースリストに表示されるshuffleのプレイリストは特別なプレイリストらしく、スマートプレイリストで他のプレイリストを選択するところにも、shuffleのプレイリストは出てこない。ファイルの位置とかから、無理矢理shuffleに入っている曲だけを選択しようとしても、どうやってもできない。shuffle以外のipodであれば、そういうリストを作ることも可能らしいが、shuffleではできない。これがないので、「shuffleに入っていない曲のプレイリスト」をつくることができない。次にshuffleに曲を追加するときに、いまshuffleに何が入っているのか分からないので、重複してしまう。
・shuffle内の曲で「重複する曲を表示」ができない。
上記のようなことがあるので、これができないのはつらい。
・1GBしかない。
シャッフルで聞くよりも、やっぱりアルバムでききたい曲、というのがある。しかし全曲入れるわけにもいかない。
・聞きたい曲ばかり入れると飽きる。かといって完全にランダムに選ばせると聞きたい曲がなさ過ぎて飛ばしまくることになる。
ベスト盤というのは大体退屈なものだよ・・・。ただし捨て曲というのも多いものだよ・・・。

というわけで、下記のような手順で最適のshuffleプレイリストを作ることに:

  1. まずは全曲から、オートフィルでshuffleにとりあえず入れて、3-4日それを聞く。
  2. shuffleに入っている曲を、まるごと新規プレイリスト(my.shuffle)にコピーする。また、my.shuffleに含まれない曲の新規スマートプレイリスト(not.my.shuffle)も作る。
  3. my.shuffleの中身を眺めながら、3-4日聞いた感触を元に、いらない曲を削除する。アルバムで聞きたい曲は、アルバムを丸ごと入れる。
    (この作業が、実際に3-4日聞いてみないとできない。また、このプレイリスト内でなら、重複する曲も削除できる。)
    my.shuffleは1Gを超えないように、できれば800〜700MBくらいに抑えておく。なので、いらない曲はどんどん消す。曲を選び終わったら、アルバム順でソートしておく。
  4. いったんshuffleを空にして、my.shuffleをそのままコピーする。
    (もし、この時点で曲の順序がアルバム順になっていなかったら、アルバムでソートして、デバイスのshuffleアイコン右クリック「再生順序にコピー」を選択する)
  5. shuffleのオートフィルで、not.my.shuffleから残りの空き容量を満たす(「オートフィル時にすべての項目を置き換え」のチェックははずしておく)。
要するに、shuffle用のプレイリストを作って、shuffleをそれのクローンにすることで、大規模な曲入れ替え時のうざさ軽減&重複曲表示&ipodに含まれていない曲のプレイリスト作成をできるようにする。ということです。それだけです。

◆これで、とりあえずは聞きたい曲が多い(かつ聞きたい曲ばかりではない)shuffleになる。

◆シャッフルしながら聞いていて、アルバムでききたい曲が出てきたら、リスト順で聞けば、アルバムで聞ける。

◆購入したアルバムの追加、細かな曲の削除や追加であれば、その都度shuffleプレイリスト上でやればいい。聞き飽きた曲を削除して、聞きたい曲を追加して、余った容量はnot.my.shuffleからオートフィルで満たす。これを繰り返す。そのうち、not.my.shuffleが厳密な意味でnot.my.shuffleでなくなってくる(not.my.shuffleにもshuffleにも入っている曲が増えてくる)ので、たまにmy.shuffleを更新する。

新しいアルバムを丸ごとシャッフルに入れたいとき:

  1. shuffleに入っている曲を、my.shuffleに全部コピーして、shuffleを空にする
  2. 新しいアルバムをmy.shuffleに入れて、容量が1GBより少なくなるまでいらない曲を削除する。
  3. my.shuffleをshuffleにそのままコピーする。
  4. shuffleのオートフィルで、not.my.shuffleから残りの空き容量を満たす(「オートフィル時にすべての項目を置き換え」のチェックははずしておく)。

September 18, 2007

私の

私の靴底は一体どこへいった。いつのまにか徐々に擦り減っていく。会社の絨毯の編み目か。上野のアスファルトの割れ目か。ホームレスが拾って口にするパン切れにまじっていやしないか。お腹を壊したりしやしないか。ゴムは体に良いとはいえない。そのまま堆積して、将来の近世地層になるのか。この時代の地層には、当時履かれていたゴム靴の底の破片が非常に多く含まれています。その放射性同位体の含有率から、正確な分析を行うと、1980年から2020年頃の地層であることがわかります。

September 15, 2007

土曜日

京浜急行線。大船行き。昼前。社内はまばら。晴天。9月。

黒い服に真珠のネックレス。黒いスーツ。紺の半ズボン、黒いポロシャツ。男女5人、子供一人。葬式帰り。横浜で降りました。

葬式の空気はすぐ消えた。変わりに人が沢山乗ってくる。談笑している皆。葬式の空気は消えた。


訳も判らず黒い服を来て、退屈と思っていたが、大人はそれぞれに思うところがあって、せっかくの式を台なしにしてしまったな。申し訳なかった。

次の式は多分堪えきれないだろうな。もう訳も判らず、とはいかない。黒いポロシャツでもいけない。しっかりしたのを買わないといけないな。そんな出費でも、僅かな弔いになれば。

試聴

をiPodでできたらいいのに。

無料でダウンロードできて、全部通して聞けるのは一回だけ。巻き戻しも不可。一回聞くとあとはサビしか聞けなくなる。

パソコンに入ってる曲から、自分の好みを推測して、好きそうな曲を勝手にダウンロードしてくれる。アマゾンみたいに。

September 08, 2007

駅遊び

けいきゅうか、また

GotAnd{A;}

TRIDE

mad マツド

September 04, 2007

頻発するビジネスの問題

・最後の最後でよくみて修正かければいいや、と思って大してチェックせずにやりすごしていると、最後の最後にはそんな余裕はない。
・「誰かがみるからまあ大丈夫だろう」と、誰もが思っている

August 20, 2007

できるか

世の中を全て記録して、自由に再現できるようになれば、少なくとも過去へのタイムマシンはできる

CO2と何かを燃料にして何かを出す機関はつくれないのか。葉緑体を改良するとか。ダイヤモンドと水をつくるとか。エネルギー保存的に不可能なのか

地球上の炭素量はこれまで一定だったのだろうか。もしCO2を固体にでもして宇宙に棄てたら、どうなるか。酸素がへるか

質感

世の中のものの殆どは質感で決まっていると思う。とくに第一の印象では、質感ぐらいしかわからないだろう。まっさきに記憶に残るのも質感だ。

人なら声質と喋り方と、服とか仕草とか、まあムード。何を喋ったかなんて重要ではない。音楽も絵画も広告も書体も、対象において最重要は質感、と言いたい。それ以外はその後、質感を把握した後。

なんというか、それなのに、質感は社会で軽視されすぎていると、質感の経済学は発展していないし、うちの会社で言ったって、それを扱うのは一仕事にせいぜい一人だと、そういうことです

August 02, 2007

広告をなくせ

作詞・作曲:松尾健太郎
唄:松尾健子

広告をなくせ
広告をなくせ
広告をなくせよ
広告はなくならない

携帯をなくせ
携帯をなくせ
携帯をなくせよ
携帯はなくならない

おれをなくせ
おれのあれをなくせ
おまえのナニをなくせ

*
なくせなくせなくせ
なくならないなくならないなくならない
なくせったらなくならないよ

(*くりかえし)

太りすぎた女

作詞・作曲:松尾健太郎
唄:松尾健子

太りすぎた女は
自室の鏡の前で
太りすぎたことに気付く

木造
鉄筋コンクリート造
RC造

太りすぎた女は
夜中の冷蔵庫を開けて
太りすぎたことに気付く

太りすぎた女
明らかに太りすぎた女

電車も
船も
タクシーも
飛行機も

July 09, 2007

合宿メモ

2日目:
・17:00ごろ入江CARが自宅へ迎え。つくばカスミにて買出し。パン等購入。17:15忠太さん合流。つくば出発。途中SAで珍来ラーメンの夕食。22:00ごろシェラ到着。
・昨年から土足解禁とのこと。部屋は離れの308。Aスタにて班練習に合流。まずは急にPチャン。
・その後劇打ち合わせ。大筋決まる。栗原が特命ドラマーで角田の悪行を正すという話。
・一人で温泉へ。魚の臭いがするというがそれほど気にならず。お湯が熱い。
・Aスタで三谷、林、忠太さん、しこうらとセッション。
・部屋に大量の虫。28:30就寝。

3日目:
・7:00起床、朝食バイキング。ウインナーが旨い。レストランには韓国人研修生2名。
・9:00から曲練。Deserving Many、Footprints、後12:00昼食。カレー。13:00から再び曲練。情熱、1年曲。風呂。
・劇の小物作成。アイスクリームのカップ、ストッキング等で盛り上がる。
・他団体がaikoなどを歌っている。他団体はどうも好きになれない。いい大人が・・。みたいな。人のこといえないけど何故か。
・18:30より発表本番。発表順はタジマ→しばけん→野上。徐々に盛り上がる。各班1.5時間ずつ。23:30全班終了。劇へ。
・しばけん班はしばけんが柴犬になって最終的にsad endの話。田島班はチュパカブラが出てきてビリーズブートキャンプを踊ったりする話。劇終了時刻は不明。26:00ごろ?温泉へ。
・その後うろうろするが目新しいこともなく、27:00ごろ?就寝。すっげー疲れた。
・若者は深夜のプールで水球。

4日目:
・9:00起床、温泉へ。
・10:30ブランチ。やはりウインナーが旨い。焼きたてクロワッサンを掲げる韓国人研修生。とろろのようなカスピ海ヨーグルト。
・プールでまた水球をやる若者、スイカ割りをする若者。スイカは甘い。iPodシャッフルをポケットに入れたまま水球をする河合。天気がいい。
・バス到着、組み体操、記念撮影。バス出発。
・入江CARにて赤城SAへ。赤城SAにて佐野立ち寄り班、つくば直帰班に分かれ分乗。佐野班、津賀CARにて佐野へ。17:00ごろ万里で食事。19:00ごろつくば着。津賀CARにて自宅へ。自CARにて再度つくばへ。
・20:30ごろ百香亭一次打ち上げ合流。22:00ごろ一学松美池にて二次打ち上げ開始。
・田島班も同所にてBBQをしている。花火。ライサンの指導により火気を自粛。太田君シルエットがしゅうほに激似。意外と半そでは寒い。その後しばけん班も合流。24:00栗原誕生日。
・24:30ごろ帰宅。26:00就寝。

※1日目は欠席

July 04, 2007

WEB広告

WEBサイトにはいろいろな広告が載っている。
といっても、僕がみるのはほとんどヤフーのトップか、ニュースページですが。

ヤフーの広告枠には、それぞれ名前がついている。例えば、ヤフーのトップの右側、ニュース欄の上方にある広告は、「ブランドパネル」、ニュースページの中央上方、横長の広告は、小さいものは「ノースバナー」(上=北=North)、大きいものは「スーパーバナー」といった感じ。ヤフーの「広告掲載について」からたどれば、詳細資料が見られる。

最近、このブランドパネルやスーパーバナーで、長尺のCM素材をそのまま流しているものがある。(そもそも、この2つの枠は、ヤフーの広告枠の中でも最も多くの人に見られる広告枠で、効果が期待される分、価格も人気も高い) パイレーツオブカリビアン、ソフトバンク、サントリーアワーズ、エクスリムとかがそうだ。

これまで、この枠では、数秒のオリジナルFlash素材を流していた。というか現在でもそれが主流だろう。大抵、簡単なアニメーション。場合によっては、2カットぐらいの簡単なものだ。その中で、CMをそのまま流されるとどうもつい目が留まる。

なぜそれに反応するのだろうか。WEB広告の中で異質なものだからか。テレビで見慣れた構成の映像だからか。それとも(一応、他のWEB広告素材に比べれば)"作りこまれた"映像だから、映像それ自体に力があるのか。多分全てだろう。

もちろん、今まで、WEB広告用にスタジオを借りてカメラマンがビデオを回してタレントを撮るなんてことはなかったし、現在でもない。こういう素材を流すためにはCM制作(とその放映)をすることが前提だ。相当予算があるということだ。誰にでもできる広告ではない。WEBのためだけにこういう素材を作ろうとしても、(既に作りこまれた映像素材が用意されている映画の広告は別として)多分媒体費より制作費が高くつくことになる。

そう考えると、金がある企業の手抜きWEB広告とも思えてくる。でもそれが結局出来も見栄えもいい。困ったものだ。

****

現在でも、WEB広告のあり方として、「自社サイトへの誘引」を第一の目的にしている企業は多い。そもそもWEB広告の始まりは単純なテキストリンクだった訳で、WEB広告は(今でも一部の人にとっては)、あくまで「リンク」、「魅力的な素材で、そこをくりっくしたくなるようなリンク」なのだ。

そういう人にとっては、WEB-CM広告は、クリックしたくなるかどうか、自社サイトに誘引できるかどうかも分からない眉唾物に見えるのかもしれない。

ただ、自社サイトへ来たからといって何になるのだ、という問題もある。自社サイトをそんなに隅々までみてもらうようにするためには、CMを作る以上の努力と金がいるんじゃないの?(まあでもごめん、媒体費はかからないやね)そして、そこまでして知らしめたい情報とは何か?商品を買うにあたって、そんな大事な、有用な情報が果たしておたくにはあるのか?商品のことを知って、いいな、と思って、店に行き、商品を買ってもらえばそれで済む話なのではないか?(店を持たない通販なら話は別)「いいな」と思わせるのに膨大な情報を伝えなければいけないというのは、コミュニケーションの失敗か、商品自体に魅力がないか、どちらかではないのか。

問題は、広告の役割をどう設定するかにある。その商品の存在を知らせ、その商品のよさを知らせることを広告の役割とするなら、WEB-CM広告は正しい。というか、僕はそれがほとんどの広告の役割だと思うけどな。商品の存在とよさを、いかに深く知らせることができるか(情報の深度ではなく、記憶の深度として)が、広告がうまいかへたかの分かれ目ではなのかな。

まあいい。結局全て金だ。

June 26, 2007

生物は

やっぱり楽しいなあ。

何がいいって、不毛な感じがいい。人間はまだここまでしかわからないのか!自分のことなのに!自分のことを自分で分かろうとするパラドックス!みたいな。それに、複雑すぎて結局分からずじまいで終わりそうな予感がするところもいい。生物の仕組みの解明のゴールは必ずあるのだけれど、絶対に人間はそこにたどり着く前に滅亡するな、みたいなところ。

にしてもしかし、何でも相似として当てはめるのも安易かもしれないが、人間の生活は細胞の中の縮図(拡大図)だし、それは同時に人間の体の中の縮図だと思う。フィヨルド地形のような、フラクタルだなあ、とね。

生物のことを考えると、人間関係なんでどうでもよくなる。どうせ感情なんて神経伝達物質のやりとりに過ぎないし、社会なんて人間がたまたま作り上げたもろい群生の仕組みなだけで、とくにそれが正しいと誰かが決めたわけでもない。正しくなければ、生物の歴史の中で淘汰されて、次の仕組みに置き換わっていくだけですよ。

暴走して死ぬ細胞が癌であるのと同じで、人間も生物の癌かもしれないし。集団的遺伝変異によるアポトーシス(ネクローシス?)の途中かもしれない。進化はずっと続いているけれど、速度が遅すぎてその途中にいる者には進化が今起きていることは分からない。生物は自分の住む世界の普段認識している時間の速度より極端に遅いものや早いものは知覚できない。人間が滅びて、次の生物が繁栄するちょうどその中にいるのかもしれない、とか。

生物はそういうことを考える余裕を持っている。どうせ人間なんて、という自虐的で悲観的な感覚を持っている。医療のために、とか人類のよりよい繁栄のために、とかいう場合もあるけれど、基本的には自然科学は真理探究の学問・行動であって、医療や繁栄はあくまで社会的倫理の上に立って生物を見た場合の学問を説明する名目でしかないと思いますけどね。

そもそも、数学や物理や化学や、人間がなんとか理由づけしてようやく成り立っている学問だけで生物を説明できるのか?という疑問もある。いつまで経っても人間は大海を知らない井の中の蛙なのかしら。まあそれでもいい、とりあえず今のところは困っていないし。まだ分かっていないことで、これから分かりそうなことが山ほどある。「生物が生物のことを分かりつくすことはできない」と先生も言っていた。それでもいいのだ。とりあえず。生物はそういう学問だからいい。

に対して広告なんて、あいまいで雑多でなんともはっきりしない学問(学問か?)ですよ。「とりあえず感」のものさしが違う。生物は、学問のロードマップにとりあえずはあっても、個々の実験にとりあえずはない。広告は個々の企画からしてとりあえず、その先は知らん!勝手に野山となれ、みたいなところが多々あるからなあ。職場環境もお世辞にもいいとはいえないしねえ。生涯続ける学問としては不向きな気がするなあ。(もちろん広告にはデザインも含まれます。それに、純アートは含まないけど、商業アートは含む)

というわけで生物はいい。