January 05, 2010

年末進行

年末年始が終わって、もう通常進行だ。テレビ番組の編成も普通に戻ってしまった。いわゆる祭りの後だ。

しかし休んだ気がしない。色んなとこに行って色んな人に会ったので、そんなことは普段の休みにはしないので、休んだ気がしないんだと想う。でも休んだ気がしないから駄目という訳でもないんだけど。

こんな寒いのに短いソックスを履いてきてしまったのを後悔している。まだ冬は終わっていないのだ、むしろこれからなのだ。喜ばしいことだ。

休もうと思っていた28月は休めなかった。昼に何処かへ皆で美味しいものでも食べに行くのかなと淡い期待を抱いていたが叶わず。何を食べたんだろう覚えていない。家計簿つける時に思い出そう。

29 は新宿で高校の同窓会(6人)。新宿なんて何ヶ月振りだろうか、新宿で飲むのは多分初めてだ、と思いながら参加した。久々に会ってもやっぱり高校の友達は高校の友達で、大学や会社のそれとは違う。このモードは一生変えられないんだな、と。その後、参加者の一人の彼女を誘ってファミリーイタリアンレストランで二次会的な何か。終電で帰る。流石年末満員電車ではない。一生のうちで、年末都会方面へ帰っていくのは恐らく去年一回だけだったな、と今思った。今年の年末はもう都会には住んでいないだろうから。

30は新宿で飲み会(15人くらい)。知らない人と、だ。twitterで偶然お知り合いになった、昨日会った高校の同級生の小中時代の親友にお誘いを受けて彼等の忘年会へ、だ。とても新鮮だった。合コンってこういう感じなのかな、と思ったけど、やっぱり違うか、あの日は知らない人しかいなかったから。インターネットで知り合った「知らない人」と会うのも、新宿で二日連続飲み会したのも生まれて初めてだ。この歳になっても生まれて初めてを日に二度も経験できるんだな、と今思った。

同じ日、中目黒で大学仲間とクラブイベント(15人くらい)。クラブイベントといったら聞こえはいいが、単なるお気に入りCD朝まで掛け大会、だ。素晴らしいイベントだった。僕はトッププレイヤーで45分間、日本語ポップスをかけまくった。録音しておかなかったのが悔やまれるが後の祭り。

朝 6時に帰ってきて、そのまま妻と僕の実家へ出発。途中古民家改造蕎麦屋で高いがうまい鴨蕎麦を食べたり、お互いの実家へのお年賀を買いにデパートへ行ったり、した。テレビを見て、生姜焼きメインの夕食を皆で食べ、紅白をみながらひと眠りして、カウントダウンはフジのジャニーズ、【ここまで2009年/ここから2010年】その後、ぐるナイみて寝る。あけましておめでとう。

December 28, 2009

まつたけ

松茸から何を思い浮かぶか。下品なもの、高級なもの、いやらしいもの、セレブなもの、卑猥なもの、いろいろだ。

だからって何でもない。何を言いたい訳でもない。何を言いたい訳でもない時に、何が書けるのかを試してみたのだが、別段どうということもなかった。

僕の文章には癖がある。言い回しの癖。体言止めを多用したり、何かの一例として単語を羅列したり、動作を表す名詞を沢山使ったり、だ。

頭に浮かんだ文をただタイプしていき、ある程度書いたら一旦止まり、読み返す。違和感があるところは直し、続きをタイプする。結論がはじめからある訳ではなく、書いているうちに落ちを思いつく事が多い。落ちが思いつかない時は、もうその文章ごと捨てるか、適当に意味深なこと、意味不明なことを書いて終える。(ただ最近は意味深なことで終わらせるのはあまり好きではない。)全てを書き終えたら、もう一度最初から最後まで読み直して、おかしいところを直し、パブリッシュする。パブリッシュした後、もう一度サイト上で確認し、おかしいところを直す。これで終了だ。この後手を加えることはそうそうない。

僕は昔の文や絵や写真をみて、恥ずかしいとあまり思わない。恥ずかしいと思ったとして、サイトから削除しようとも思わない。直したいところはたくさんあるが、一旦全部取り下げようとは思わない。「カミングスーン」とか「工事中」とかサイトに書くひとがいるが、あれをやろうとも思わない。なぜか。めんどうだからだ。それだけだ。めんどうだから。それだけなのだ。

間もなく年明け。今年は色々なことがあって、とても盛沢山な一年であった。2009年、これ以上大事なことがおきませんように。痛いことは特にやめてください。みんな健康で、極力無理せず長生きできますように。人生普通が一番、ちょっと驚きあれば尚よろし。さて明日から忘年会ラッシュであります。帰ったら明後日の年忘れDJで掛ける曲を考えよう。人生二度目のDJだ。

December 24, 2009

ダウンロード

もう年末だ。でも僕はダウンロードをしている。動画に画像にテキストに、ダウンロードをしまくっている。いつものことだ年末だからという訳じゃない。
誰が何をダウンロードしたか、は、その人が何を食べたか、のようなものだから、政府が全て把握することは許されないのかもしれないけど、それをひとつの企業でやろうとしているところもある。とにかくどうなってしまうのか、僕にはよくわからない。予想もつかない。
ダウンロードで何が満たされるのか?何でもですよ。足りないものをいろいろと埋めてくれる。まだまだダウンロードできないものはたくさんあるけれど、そのうち何だってできるようになるだろう。昔は声だって遠隔地に伝えられなかったのだ。
ダウンロードする人は、いま世界中で増え続けている。ダウンロードとアップロードすることで、世界は回っているような気もする。やりとりしている内容は様々だけど、使っている基本システムは同じだ。そしてさらに、それをもっと速く、直感的に、気持ちよくできやしないか、そうすれば人々はそれにたくさんのお金を払うんじゃないかと考える人達が、日々研究開発に勤しんでいる。お疲れさまだ。


なんだか、宗教みたいだ、と思う。いや、正確には宗教に似ているというより、宗教が出来上がって広まって行った時のような反応を人類はしているな、と思う。なぜなら、僕の周りには二人、インターネット嫌いがいるからだ。その人達の話を聞いていて、そう思った。キリスト教を禁じた将軍と同じで、彼等にとってインターネットは、得体のしれない、気持ちの悪い、理解のできないものなんだそうだ。それがどんどん巨大になっていき、しまいには世界を、自分を飲み込んでしまうんじゃないかと不安になっているのだ。インターネットをヘビーに使いまわすギークな奴らも、将軍たちから見れば、まあ同じような感じで、異端者としてみられているんだと思う。
逆に、ギーク野郎の側、例えギークでなくても、インターネットを利用することに抵抗がなく、その発展を素直に喜ぶ側からすれば、ダウンロードとアップロードのもたらす恩恵は、過去にないすばらしさだ。単純に便利になっただけでは済まされない、心の充足を、提供してくれるのだから。

僕は、喜ばしい反面、怖いとも思う。インターネットのせいで、いま想像しているような未来ではない、まだ誰も考え付いていない未来が、今後でてくる可能性もある。マトリックスなんて茶番なのかもしれない。もっとひどいことになるかもしれない。なのに毎日、未来のことをだいたいわかったふりしてみんな生きているのは、そうでもしなけりゃ不安でやっていけないからなんだろうなあ。

November 27, 2009

もう11月も終わってしまう

11月のロゴを更新しなくちゃいけない。
更新し終わったときの達成感のために、だ。
それをしないと後悔するので、しなくちゃいけない、のだ。
誰かのためではない。一人で完結する、なのだ。

電車の中で考える。
どうやったら面白い視点の記事になるか、
どうやったら写真を綺麗に見せられるか。
どうやったらふぁぼられるか。
記事を書いているとき、写真サイトを作っている最中には、同じように考える。
つぶやいている間は考えない。せいぜい短文の推敲ぐらいだろう。

何が自分にとって最良の手段なのか、よく分からない。
楽な手段で物事を出していくのが、好きでないなら、その手段は楽ではないことになるが、
今のところは、危惧あれど、嫌いというほど飽きてもいない。ただし好きというのには抵抗もある。

僕がやってる、自分wikipe的なnotebokoは、自己表現のつもりだが、
労力はツイッターと大して変わらない。どちらが優れているか。
後から読みかえすことは重要だろうか。投げかけだけで終わらせていいものだろうか。
断言することが怖い。断言することは事故表現に直結する。投げかけることは直結しない。逃げ道だ。

October 30, 2009

TWETER

ついったーの投稿をまとめて流すのはやめました。どうも、後から読んでどうなる、というものではなさそうだな、という気が沸沸と湧いてきたのです。まとめはtwilogに移行です。

ついったーをやって、初めて、ネトゲにはまる人の気持ちが少し想像ついたかもしれません。そこで少しブレーキをかけようかなという気持ちにもなりました。(別にかけませんが)

考えることを放棄しますねあれは。完全なる受身。ラクで楽しくて面白いのだけど、高校生の放課後にも似て、何もうまない、いや、うまない訳ではないのだけど、バンバンうまれる訳ではない、いや、うまれるんだけど、重要なことではない、というか、まあ、よくわかんないです。

ついったーにはまってしまうと、人によっては本を読まなくなったり、グーグルリーダーを読まなくなったり、ブログを書かなくなったり、家族との会話が減ったり、します。別に僕は、それが悪いことだ、と弾劾したいわけではなくて、急にそうなってしまう、ということが怖いと思っています。ほんの数週間の急激な環境変化です。そんな人を僕は沢山たくさん見てきました。ついったー離婚という言葉も生まれました。そして、さらに怖いのは、いまの所、ついったーには終わりがないばかりか、さらに盛り上がっていくかもしれない、ということです。まるでモンスターです。みんな食べられてしまいそうです。

ついったーで有用な情報が集まる、みんなとつながった感じでいられる、有名人としりあいになれる、面白いダジャレが読める、というのは多分全部あたっています。僕もかなりいい思いをしましたし今現在していますしこれからもしていく予定です。でもそんないいことだけではない、何かとても怖い、魔界への誘いのようなものがそこにあるような気がしないでもありません。自分を見失わず、誘いと上手く付き合っていける強さ、魔の手に立ち向かう勇気が、いまついったーにはまる人には求められています。まあ、別に、はまらない人にはそんな警告必要ナシですよね。知ってます。

September 02, 2009

くがつ

いざやってみて、夢みたいー、という気がする?やべやっちった、どうしよう、という感じかしら。

でも元々はあちら側でしたもんねみんな。どうってこたないか。むしろあちらの人が愕然として…。ずいぶんガチッと作風が決まってたから、急に反転するとどうも危なっかしいというか落ち着かないというか。


なんだかすっからかんになってしまった…。矢継ぎ早に思ったそばからクリック、タイプすると、それで終わった気になるな…。物が多いと逆に自分に多くが残らない、というか、情報酔いしマス貧乏になるでな。

はやく冬にならぬものか。待っているぞタンスで巻物が。

August 24, 2009

名無しさん@お腹いっぱい。2008/08/12

156 名前: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日: 2008/08/12(火) 04:55:13 ID:r9SY5hL60
俺は自分の納得できるレベルの端末に交換するまで16回交換した。
白は目立つだけで黒も同様に同じ事があるのは経験上間違いないと思う。
仕事上、白、黒8G、16Gの3台持ち(この3台で合計16回)

11回の交換で分かった(経験した)外装等の不具合。

�背面ポリカーボネイトの塗装粒。
�背面ポリカーボネイトの目視で判別できない物〜目視で明らかにわかる物までのヒビ割れ。
(特に銀枠との合わせ目や金属部分との合わせ目に発生。イヤフォンジャックを1度差しただけでヒビ割れる事も。
�背面ポリカーボネイトに小さなへこみ〜大きなへこみなどが何ヶ所かある。
�正面銀枠とタッチパネルの間からの液晶の光漏れ。
(部屋の電気を真っ暗するとその隙間から光が漏れるのがわかる)
�正面銀枠とタッチパネルの間からの液晶の光漏れはその間に付いているゴムパッキンみたいなのがしっかりついていない。
(その様な端末だと隙間からタッチパネル内側にゴミが浸入してとれなくなる。また内部基盤にも汗や水分が浸入)
�銀枠と背面ポリカーボネイトの合わせ目に指で多少引っかかる程度〜2ミリぐらいまでの段差がある。
�タッチパネルに髪の毛やゴミが製造段階から混入している。
�タッチパネルに16Gや8G関係なく個体差があり、明らかに明るさが全く違う。
(以前問題のあったファームウエアの更新での液晶の黄ばみの解消とはまた別の問題)
�銀色のマナーボタンは接着剤で中のプラ部分に付けられているのですぐに取れやすい。
�端末のドックコネクタが中で歪んでいるためUSBのコネクタが真っ直ぐじゃない。
�カメラ内部に製造段階からゴミ混入。キズなども。
�SIMトレーの差込穴が適当な作りで穴が端の方にズレている物がある。
�スリープボタンがグラグラ動く端末がある。
�マナーボタンがかなり固い、または緩い。

August 21, 2009

スティーブ・ジョブズ

スティーブ・ジョブズは、iPod の外見を損ねるものには、カバーであれ何であれ、非常に敏感に反応するのだ。
私は彼とのインタビューを録音する際に、外付けマイクと iPod を持っていったことがある。
「iSkin」という透明プラスチックのカバーをつけた iPod
を鞄から取り出した途端、彼は私に名画「モナリザ」に牛の糞をなすりつけた犯罪者を見るような目を向けたものだ。
もちろん私は、繊細なiPodに傷や汚れをつけたくないのだと言い訳したが、彼は聞き入れようとしなかった。
「僕は、擦り傷のついたステンレスを美しいと思うけどね。僕たちだって似たようなもんだろう?
僕は来年には五十歳だ。傷だらけの iPod と同じだよ

July 21, 2009

好奇心

感情移入できるかどうか、は、その人のことを沢山考えられるか、によっている。

その人に興味が持てるかどうか、その人についていろいろと想像できるかどうか。

そのためには、その人に関する情報が不完全でないといけない。また、不完全だが、完全な状態がうっすらと予感できる程度の情報で、見聞きする側が彼に好奇心を持てるようになっている方がよい。

その人に対する知識を自分で集め、もしくは想像し、勝手に補完するという動作で、彼に感情移入するようになる。

現代美術、映画、音楽、小説、キャラクター…と金を稼ぐ芸術はみんな結局そのモチベーションの上に成り立っている。作家に感情移入するか、登場人物に感情移入するか、俳優に感情移入するか、違いはあれど、結局同じこと。自分の中で誰かを考えている時間の長さ。

July 14, 2009

ディア・ドクター

方々で話題になっている(のか?)「ディア・ドクター」。
先週見に行ったのでその感想を書く。かなり散漫です。

* * *

僕は以前、同監督の前作、「ゆれる」を大絶賛した。
どうしてもそれと比較してしまう。

●演技

前作のよさは(というかたいていの映画のよさのひとつは)、
「とてもやりきれない感じと、その後の救われる感じ」だと思う。
ゆれるはさらに、主演俳優の1人の演技が狂っていたので、
より、やりきれなさ、救われた感が強かったのだと思う。

見ていてゾッとする演技、というのを、演技がうまいというのかどうか分からないが、
ゆれるでの演技は、見ていてゾッとする演技だった。
あーこういう人間、こういうしぐさは見たくない!というのがわんさか出てくる。
表情や動きで、見ている人の心拍数を上げるというのは、
やはり並大抵のことではないのだろうと思う。

それは脚本と演出によって発生したものでもあるので、
一概に演者だけが良かったということでもないだろうが、
しかしあの演技なしには成立しないだろうと思う。

と、いうのと、今作を、どうしても比較してしまう。
今作には、そのゾッとする演技もないし、
「やりきれない感じ、救われる感じ」も、薄い。

テレビドラマや、テレビ局制作の映画などに比べたら、
脚本も演出も演技も全然種類が違って、
ある程度楽しめるものではあると思う。
それは、監督のおかげだと思う。

しかし、見ていて心拍数は上がらず(ストーリー的に、ということではない。
まあストーリー的にも少し山谷がない気もあるが)、
前作以上をどうしても期待してしまった僕には、
なんだか物足りなかった。

唯一、今作にも出ている例の役者が刑事二人と喫茶店で渡り合うシーンで、
例の狂った演技。それがよかった。
あれは、それだけを何度も見たい、と思うような、中毒性のある演技だと思う。
(どうやったらああできるのか・・。やはり遺伝子によるものなのか。
全身全霊を傾ける、という。なんだか、
熱心なパンク演奏者が全身で演奏しているようなのにも近いし、
憑依したイタコにも近い。)

映画で、監督に出来ることには限りがある。
いくら演出をしても、結局演じるのは役者。
全部を統制しようとするなら、小説かマンガにするしかない。アニメも自分ひとりでは作れない。
しかし、全部をひとりでやったとしても、ゆれるは作れなかっただろうと思う。

主役を別の役者にした時点で、
ゆれるを超えるもの(同程度のもの)は作れない、ということを、
僕は理解しなければいけないのだと思う。

●脚本

彼女は、今作で、
「前作を公開した後、自分には大した中身がないにもかかわらず、周り(世の中)が何故か自分を持ち上げる現象」を
映画にしたかったそうだ。
彼女は主役の医者で、世の中は医者がいる村の住民だそうだ。
「周りが考える自分」が、「自分が考える自分」を追い越していき、
追いつけなくなってしまった時の(特に有名人が感じる)空虚な感じは、確かに、今作で描かれてはいた。

ただ、それは、前作の

「親の世話を自分だけがして、でも弟は東京で自由に遊んで暮らしていることへの苛立ち」
+「とても好きな女性に嫌われてしまってどうすればいいかわからない」
+「でも自分はそんな状況に絶え、ずっとやってきた、という自負がある」
+「なのに弟のせいで全部めちゃくちゃに、しまいにゃ刑務所に入れられることに」
という、全編で描かれる最低最悪の兄の心理状況と、
ラストシーンでほんの一瞬だけ出る、救われる感じのシーン

には、
見る人が感情移入できるかどうか、
見終わった後に深く考えさせられるかどうか、
主人公に幸せになって欲しいと願えるかどうか、などの面で到底かなわないと思う。
まあ要するに話がたいしたことないのだと思う。

今の世の中で有名人になる、ということは、
とてもたくさんのリスクがあり、我慢しなければいけないことが随分多い。
それが分かったところで、私の暮らしには何も影響しないのだ。

彼女の描こうとする、「善と悪の境目がはっきりしない、人間というもの」を2時間の話にする時に、
合っている設定と、そうでないものがあるのだと思う。

●次回作は

見る側は気楽だ。
いくらかを払って、映画を見て、よいか悪いか勝手に批評して、
また作れ、と言う。
受身の癖に、文句言い。まあ金を払っているんだからしょうがない。
資本主義では金を稼ぐのに散々ストレスがたまるようになっている。
有名になればなるほど、ストレスがたまる。


このまま、「善と悪の境目がはっきりしない、人間というもの」を、
ややわざとらしめの映像(僕は大好きだが。溶けるアイスクリームの10秒の映像とか、
ボケた老人が新聞紙を洗濯して干している映像とか。)で、
言葉少なめに演出して、という手法をずっと続けていくのだろうか。

僕は続けていって欲しい。三谷幸喜みたいに。
出資する(金だけ出して、勝手なこという)輩の言うことを聞いて、
その個性をなくしてしまうのはやめてほしい。
少なくとも、その個性についている客が、僕も含めて大勢いると思う。

「同じことを2度とできない」という、エンターテイメント界の癌思考にとらわれず、
同じことでもなんでも、作りたいと思ったものをお願いします。
自主制作的といわれようがパクリといわれようが、
本人が自身を持っていればいいと思います。

たとえもうゆれるを超えられなくても、ゆれるはなくならないので、
別にいい。
ゆれる的なものをまた見せてもらえるだけで、充分受け手として幸せだと思う。

July 10, 2009

日光

合宿の帰りに日光へ行った。今回は華厳の滝へ。滝、海、川、ダム、霧・・・。どうも水の景色には弱い。中でも滝はかなり手強い部類。

行く途中で放流中のダムも見学できこれは運がよい。天気にも恵まれたし、と思った矢先、日足トンネルを抜けると小雨、いろは坂を登るとさらに濃霧、というか雲の中?すげー霧。何も見えない。霧が濃すぎてひとが買ったこんにゃくを私うっかり地面に落とす・・・。

行きの高速もすごい霧だった。赤城高原あたり。いつも霧だからなのだろう、照明が道路脇の低い位置に取り付けられていて路面を照らしていた。ん?去年はあったっけ?こんなの。寝てたのかな。着くとひでお君が出迎えてくれた。また来てしまった、シェラ。遅れます組の中ではかなり早めの到着。9回目?くらい。

全体曲を合宿終わって聞いているが、いい・・・。しかし泣けるな簡単なコード進行なのに・・・。大勢の人があんなに人目をはばからずに大騒ぎするという・・・、なんと幸せな時間。音楽辞めないで、って語りよかったなー。辞めない辞めない。ラップは演奏してたからあんまり聞こえんくて残念。誰か映像を貸してください!

合宿行くと必ずそういう当たり曲に遭遇できるので得した気になる。さすが年一回渾身の曲決めをするだけのこと。

丑三つ時に寝て標準起床時刻前に無理矢理起きる、というののせいか、お口が荒れる。温泉で太田君と唇周りの悩みについて語りあう。今年は今までで一番口に負担がかかった・・・。あの曲のせいか?わからんが痛い癖に吹き始めると気にならなくなって散々吹くもんだから怖い。多分今週のバンド練は吹けませんすいません。

華厳の滝は霧の中でもはっきり見えた!さすが日光、すげー高い。水がたくさんたくさんおちている・・・。しかもスローモーションで。打ち上げで袋田の滝の話題に。あそこは夜中に行くとまた怖くてよい。暗い、湿っぽい中で轟音とともに何かよくわからないものが大量に上から下へ落ちているという、よく分からない怖さ。

June 15, 2009

茶の味

2004年。渋谷の映画館で見た。
そして先日DVDでまたみた。結構何度も見ている。

たいていの人は、つまらん、という。
連続ドラマと違って、話がすすまないのだ、という。しかしそれは好みの問題だ。
僕には連続ドラマの方がむしろつまらん。
映画とドラマという時点で単純に比較をするものでもないと思うが、
しかし同じ映像作品としてみて、こうも違うか、というほど映像文法が違う。

連続ドラマ、まあテレビ全般に言えることだと思うけど、
とにかくほぼすべての演出が丁寧・わかりやすい・台詞とテロップが多い・説明口調、と至れり尽くせりだ。
過保護といえば過保護、視聴者を置き去りにしないという言い方もあるだろう。
まあその点はすでにいろいろなところでいわれていて、テレビの宿命的な、仕方のない流れだとは思うが、
ただ親切なだけ、ならまだよいのだ。
最近のは、親切を追及するがあまり、つじつまの合わない・リアリティのない演出まで多用する・・。
フィクションとは言え、生身の人間が演じているドラマで、アニメのような演出をするのはいかがなものか。
CGを使えばなんでもできる、ということはないぞ。確かにお金と時間をかければ「ある程度」はできる。しかしそれでも現実には及ばぬ。
そもそもCGは現実にできないことを具現化するのには優れているが、現実にできることを再現するのには優れていない。

CGだけではない、さまざまなその矛盾を、さも当たり前のように受け止めて話を進める役者陣、制作陣、スポンサー陣・・。
こんなのありえない、でも演技はシリアス。いやにならないだろうか。
サスペンス、恋愛、ドキュメンタリーまで矛盾だらけ。作者の下手な嘘だらけ。
そんなに都合よく、特定企業の飲料だけが個人宅の飲み会の席に、しかもラベルが一方向を向いて並ぶことはないのだ。
(それを見た人間が、ああここのこれが飲みたい、と思うか、また下世話な、と思うか。
ドリンクが並んでいる、と思われるか、並べられている、と思われるか。並べられている、と思われた場合、その理由をどう想像させれば効果的か。
そこまで可能性を考えてつくろうとはしないのだ)
僕はそれを静かに受け入れられない。そこまでひっくるめて楽しむ余裕がない。そんなに親切にはなれない。
それでお金をとっているんだろう、そういう作品で給料をもらっているんだろう、プライドや自信はないのか?
大手テレビ局制作の映画を数本みて、たて続けに興ざめだったので、そうでない制作者には申し訳ないと思いつつ、
もうテレビは全員がそうだろうというネガティブスパイラルに入っている。

見る人が、断片的な情報をもとに・説明なしの映像から想像して頭の中で描いたストーリーなりバックグラウンドなり心理状態の方が、
わざわざだれかに親切に説明されてなんとなく理解したものよりも、ずいぶんリアリティがあり、記憶にも残り、感動もする。
察する・自分で考える、ということがどれだけ重要か・・。
すくなくとも誰かの作品を見聞きしていて、
見た人が自然とそういう行為に及べないような場合は、その作品は僕にとってすぐれているとはいえない。

リアリティのない情報ばかりだと、そもそも考えようという気にすらならない。
つい変な意図を察してしまう。
そのリアリティのなさに意味があれば別だが、ないだろう、ただの横着だ。
時間がない、予算がない、やる気がない。やっつけ仕事。

大きな声の台詞で説明せず、小声や表情や動きで説明する。
わかるかわからないか、ぎりぎりのところまで情報を少なくする。
伝えたい情報と、そうでない情報をまぜて伝える。
たしかにわかりづらい作品というのも多い。それはそれで理解できない・受け入れられないということは多々ある。
ただ、「おもしろさ」の一つは、
すぐには意味がわからず、自分で察しようという気にさせておいて、なおかつ意外にすんなりと答えがわかるようなこと、なのでは。
わかる/わからないは人により違うので(わかる人の方がよい・優れている、という風潮もあるがそうではないと思う、単に人により好みがある、というだけのこと)、
作品(作者)の度合いと、こちらの度合いが一致すればするほど、いい映画、ということになる。
茶の味もそうだが、ゆれるも僕の中ではいい映画だった。

May 28, 2009

安置

無理な若作り。気持ち悪い。本当に若い、あるいは若く見えるのではなく、若く見えないが若くみせようとしている。ブスに化粧はさせるべからず。報われない努力は無駄な悪。反社会の敵。


40にもなって、いけいけなままの気持ちで、私・輝いてる!いつまでも若くいたいわ・めげちゃだめ・そりゃつらいことだってあるけど・いつでも前向いて・気持ちよく生きていこ!って大バカ野郎が。それをでかでかと顔に書くなよ。車内で日経を開けっ広げに読み、もてない女流作家の男性こきおろしド変態偏愛エッセイをこれまた開けっ広げに。


比べるのも蹟に障るが、まあどうせ社会経験では敵わん。そのカラ元気にも勝てる気がしない。なので負け惜しみだろう、自分にないものへの逆説憧だろう、彼女にだって立派な人生が、とでも。なんと言われようが構わん。否定はするが、まあ価値観の問題なのでこれは個人的なことなのだ理解されなくとも仕方がない。

May 27, 2009

マイケル・クライトン 2007

クライトンさんが指摘しているのは、アル・ゴア氏などの活動により、環境保護運動が「倫理的」な問題として捉えられるようになり、あたかも宗教的/原理主義的論調がまかりとおり、そこから科学的な思考、合理的疑義や議論が排除されつつあるということ

佐々木俊尚 2009

2000年以降、インターネットというフラットな空間の洗礼を受けて、そのようなリアリティのない取材は今後はもう成り立たないということが生理的に認識できるようになった。つまりリアルな生々しい現実を、どうすれば自分の書く原稿に移し替えられるかどうかが、私にとっては最大のテーマとなったということだ。

堀江貴文 2009

これまではきちんと自分の考えていることを公に説明してこなかった。わかる人だけわかればいいと思ってたんだけど、でも逮捕されてそういうスタンスでは世の中に自分のやっていることが伝わらないんだということがよくわかった。だからこれからは自分の考えていることをわかりやすく説明していく

May 19, 2009

キャノン大分工場のベテラン請負労働者 2009.5

「どちらも責任を取りたくないから、交渉は平行線。するとどうするか。明らかな不良品はどちらかが責任を取るが、グレーゾーンの製品については通してしまうことが起こりがちになる」

不良品が多数発生すれば、その原因がキヤノンの用意した部材の品質にあるのか、それとも請負側の使い方にあるのか、両者の間で責任の所在を問う交渉が行われる。請負側が過失を認めれば、不良在庫の費用を負う立場となるために、グレー不良は市場に出回ってしまうのだ。

May 17, 2009

瀬戸珠恵 20090517

野菜には、新陳代謝に欠かせないビタミンやミネラルがたっぷり含まれています。しかしこの働きは、炭水化物やたんぱく質と一緒に摂らないと発揮できないということを、知っていましたか?
一緒に摂ることで野菜のもつ栄養素の消化・吸収を助け、代謝のいい体へと導いてくれるのです。

炭水化物にもいろいろありますが、なかでももっともオススメなのが白いごはん。お米は日本人が昔から食べている主食なだけあって、日本人の体に適した優秀食品。消化がよくて栄養も吸収しやすいのです。そのため、白いごはんで野菜を食べれば代謝がスムーズになり、遅めの夕食でも太ったりする心配がありません。

May 15, 2009

著作権法改正法案 2009.5.15

著作物利用円滑化に向けた措置として、ストリーミング配信におけるキャッシュや、検索エンジンが行うコンテンツの複製などについて、必要と認められる限度においては、権利者の許諾を必要としないことを明文化。
国会図書館における所蔵資料の電子化や、ネット販売に伴う美術品などの画像掲載、情報解析研究のための複製、障害者向けの録音図書や映像に対する字幕・手話の付加などについても、権利者の許諾なしに行える規定などを設けている。

May 13, 2009

三木谷浩 2009.5.11

世界はどの国を見ても、インターネットを使ってセルフメディケーションを進めていこうという方向。なんで日本だけがこんな時代錯誤なことになっているのか。
何を検討会で言っても関係ないなという気持ち。自分たちの意見を最後まで言って、行政に対しての対応はその後で考える。

改正薬事法の検討会に参加後、インターネットでの薬販売規制の動きに関してのコメント

三木たかし 年代不明

演歌は嫌いです。どうしても好きになれない。
洋服を着て、洋食を食べて、どんなに西洋ぶってみても、ついてくる日本がある。ついてきて後ろから引っ張る日本というものがある。私には、それが演歌です。だから嫌いだ。

May 12, 2009

筒井康隆 20080719

フランスで「ロレボ」と称して「ボレロ」を逆にやったというのである。大音響のラストから始まって次第に楽器が減り、演奏者が退場していき、最後は指揮者がリコーダーを吹いたらしい。大受けだったというが、フランス人はおかしなことを考えるものだ。

May 11, 2009

証券取引等監視委員会 ベテラン審査官

一時の利益に惑わされると失うものは大きい。どんなに小さな不正でも追いかけるので、もはや逃げようとしたって逃げ切れないですよ

スターバックス会長 ハワード・シュルツ 2007年2月

スターバックスは効率と利益の名のもとに、コーヒーショップのロマンと体験を犠牲にした。(中略)そのルーツであった魂を捨て、温かみあふれる近所のお店ではなく、ただのチェーンに成り下がってしまった

May 07, 2009

宮崎駿 2008年11月

食料の自給率が低いとか、自分が着ている下着が全部中国製であるとか、そういうことがこの国の不安の根幹にあるんだと私は思っています。

その構造を劇的に変えることは不可能ですから、少しずつ少しずつ変えようとしたら、随分長い年月がかかります。少しずつ変えていっても、現代の文明の終焉までに滑り込みセーフになるのかどうか、私はあまり自信がありません。ただ個人的には、自分と自分の周辺に関しては最大限の努力をしていくつもりです。


人を楽しませるために自分たちの職業で精いっぱい力を尽くすのではなく、それもやるけれど、ほとんどの時間は他人が作ったものを消費することによって楽しもうと思って生きていますね。

それは僕のような年寄りから見ると、非常に不遜なことであるという風に、真面目に作れという風に、力を込めて作れという風に(感じ)、「すべてのものをそこ(作品)に注ぎ込め」と怒り狂っているわけです。だから全体的なモチベーションの低下がこの社会を覆っているんだと思います。


——麻生首相がアニメ・漫画好きと公言されていますが、これをどうお考えになっていますか?

恥ずかしいことだと思います。それはこっそりやればいいことです。


ウォルト・ディズニーとウォルトナインズとの関係は、あの時代にしかありえなかったような非常に濃密な幸せな関係だったと思います。私たちは私たちなりに(そうした幸せな関係を)持っていますが、比較することはできません。1930年代にアニメーションを確立したという彼らの誇りと、それを使って商売をやってきたその後の人間たちとではずいぶん違うんだということです。


私たちは外部依存をしたくない。労働条件の差を利用して映画を作りたいとは思いませんので、何とかして自分たちのリスクで映画を作っていきたいと思っています。


もうすでに引退しているのだと私は思ってます。「みんなの好意で時々仕事をやらせてもらってるんだと思った方がいいな」と思って生きています。

ただ、映画を作るというのは非常にリスクのあることです。むしろリスクを求めて私たちは映画を作っていますので、映画を作り終わるころには本当に力を出し切っています。だから、もう何にもやりたくないのです。「何もできないだろう」と自分で思えるのですね。それで、毎回ああいうこと(「引退する」)を言っていましたが、もうさんざん言いすぎましたので言わないことにしています。


「商業的に成功することは、大して意味がないんだ」と本当は思っています。仕事を続けるために一定の商業的な成果を上げなければなりませんが、それは目的ではありません。


「いったいどこに止まれば良かったのか」というのは、これはずいぶん探しましたが、結局「楽園というものは自分の幼年時代にしかない、幼年時代の記憶の中にだけあるんだ」ということが分かりました。親の庇護(ひご)を受け、多くの問題を知らないわずか数年の間だけれども、その時期だけが楽園になると思うようになるのではないでしょうか。

April 25, 2009

ピクセル

ポーグ記者が行った実験では、16×24の写真を13MP、8MP、5MPの各解像度別にプリント印刷してタイムズ・スクエアに並べ、通行人何十人かを捕まえて45分間ブラインドテストしてみました。すると95%の人は「違いなんか分からない」とギブアップ、何人かは当てずっぽうで間違えて、3枚とも当たったのはたった1人で写真の女性教授だったそうですよ?

というわけで、カメラなんて6メガピクセルもありゃ充分で、これで額に掛けて飾って大丈夫な鮮明でノイズのない8×10版の美しい写真が焼けると言ってます。

April 23, 2009

イタリアノート

NOL用に

・落書きのこと
・添乗員のこと
・チャオのこと
・天気予報のこと
・料理のこと
・ユーロスターの耳のこと

April 15, 2009

ちょっと

外国いってくら

April 03, 2009

松村邦洋 2009.4.3

麻酔が効きすぎてゴールした夢を見た。目が覚めて『おかげで完走できました。みなさんのおかげです』と看護師に握手したら医師から『麻酔をもっと入れた方がいいだろう』と言われ、また寝てました

October 19, 2008

憎しみを憎しみで解決する

憎しみを憎しみで解決する。いずれにせよ憎しみは連鎖する

何かにむかついているとき、第三者を理不尽なやりかたでかつ正当にむかつかせる(店員に無理難題を押し付ける。公務員を詰る)ことで、自らのむかつきをしずめる。俗にうさばらし

何かにむかついているとき、さらなるむかつきを自らに課すことで、それまでのむかつきとすり替える。特に自分に対してむかついている他者への行為として有効。俗に他人の悪口

ただしむかつき自体が何かとの釣り合いで軽減したわけでないので、やがてもとのむかつきに話題が帰着する場合も。

October 16, 2008

文字から目を離すな

会社のアメリカ支社長の話。なんでもいいから目標を。日々の仕事で、時間を切り売りする一生は逆に高リスク。

ルー大柴。人生は一度しかない。悔いを残したくないのでとことんやってみる。

鳥海氏。別にデザインや広告に興味はない。むしろ嫌いだった。文字を目指したのは大学入ってから。会社のゆくすえはあまり考えてない。

かずい工房の井上氏。会社社長にしながら、個人印刷を趣味にし、活字に関する論文を投稿し、活字界に影響。各国の活字、見本帳収集も盛んに。

同期の目標って、部署かわるとかプロジェクトやるとか、コンサルとか、本当偉い。つか本気でいってんのかなあんなこと。だとしたら人種がちがう。仕事で目標なんて。

October 14, 2008

Arial Unicode MS

Arial Unicode MS
http://www.hm.com/jp/__fashion.nhtml#/fashion10/
全編にわたって、こんなに堂々とこの文字を使える神経は、日本人ではない

TBゴシック
http://www.hm.com/jp/hm__working.nhtml
こんなでかでかとのせなくてもいいのよ

September 19, 2008

東京

東京で働いて3年半経った。東京に住んではいないが、昼間はずっと東京にいる。東京の知り合いもたくさんできた。有名人とも何人かすれ違った。明け方六本木にいたこともある。これで自分は東京に馴染んでいると見られているのだとしたら、東京に馴染んでいる人なぞ本当はいないと言われても信じられなくはない。

東京になりたいときには、ひとを集めて、会社もあつめて、それを常に新しく保ち、そのために工事をさかんに行い、新しい形の建物をたくさんつくり、その一方で古くからの街並みや住人も保護せざるふりしつつ保護し、交通網を発達させ、人が一度は行ってみたい場所をつくり、それを放送局が取材し放映することで放送が成り立つようなイメージをつけ…、いやしかしイメージをつけるためには取材をしてもらわなければいけないな。芸能人を連れてくるか、やらせで仕込むか。

September 05, 2008

不幸はいつでも

不幸はいつでも訪れる。避けようとしてもやってくる。あああのときこうしていれば、と思ってももう晩い。

私は何も知らない。私が何も知らないということを除いて。私の発言は全て真実ではない。私の発言が真実かどうかに関する発言を覗いて。

漫画の出演者は、完全な創作、仮想だ。映画もアニメも演劇も、演じる人は現実に生きていて、仕事が終われば自分に戻る。生まれも育ちも死も、誰かと同じようにやってくる。漫画は違う。彼らは現実のものではない、が我々は現実のものと似たものとして受け止める。作者は神。漫画の外で役者が役者の責任においてスキャンダルを起こすこともないし、しかし作者がこれを起こそうと思えさえすれば作者の責任のもとにいくらでも自由に起こすことが許される。だが小説は日記だ。作者か、主人公(それは読み手)の日記で、現実とゆうには完全で亡さ過ぎる。

何を作っても、結局誰かの何かと同じになってしまう。同じかどうか、判断する者によって違うが、判断する者は一人の人間のなかにでさえ無数にいるので、結局は全てのものは何かと同じになってしまう。全く、人間は分類することが生業なのか。全く、誰かが必ず何かと一緒の分野に分類しやがるんた。表面的な分類ができないときは、精神論で分類しやがる。あるいは歴史的側面、要素的解釈で分類しやがる。分類分類分類ぶんるいぶんるい…。私は何かと一緒ということに私が気付くと、魔のサイクルに廃っていく。

なんかこうほかにないことをさ、が口癖の、オメガの腕相撲をして、カフスボタンのついた襟の高いシャツをきた、色黒で痩せ型で単髪の、ああ、いけないいけない。いや、いってやりたいよ、おまえはこのへんに掃き棄てるほどよくいる、ありがちなつまらん人間野郎だあすが!って言われてりしちゃってりなをかして。

September 03, 2008

google chrome で できないこと と できること

■できないこと
・マウスジェスチャ
(ロッカージェスチャもできません)
(右クリックしながらホイールまわしてもタブは切り替わりません)
(マウス中クリックでドラッグしても、ページはスクロールされません)
・タブの挙動をカスタマイズ
(ブックマーク・検索の新タブは右端に開かれます。現ページからのリンクは現タブの隣に開かれます)
・アドオン追加
(はっきりいってカスタマイズはなにもできません)
・ブックマーク管理ウインドウ(いちおう、編集ウインドウはありますが、あまり使いやすくない)
・RSSよむ

※なににつけても、いちいち戻るボタン押さなきゃいけないのが一番めんどうです

■できること
・描画速い、gmailもサクサク、tiddlywikiも速い
(google mapsは少し遅い)
・マウス中ボタンでタブクリック->タブ閉じる
・検索バー入力->Alt+Enterで新タブで開く
・リンクをマウス中ボタンでクリック->新タブで開く
(この辺は何故か実装されている・・)
・アドレスバーと検索バーが一緒(ページ内検索は別)
・履歴はまとめページとして新タブで開かれます
・ページ幅に合わせて印刷
・アドレスバーのアドレスが、メインのドメイン(www.blogger.com)だけ黒、あとは灰色になっている。
・アクティブなテキスト入力エリアがオレンジっぽい枠で強調表示。
・ステータスバーはなし。リンク先URLの表示は勝手にすぅーっとでて勝手にしゅーっと消える。

・アドレスバーの横の★クリックで一発ブックマーク(Firefox3と一緒)
・ブックマークに登録されているページは、その★が黄色になる(Firefox3と一緒。これチョー便利)
・パスワード勝手保存(Firefox3と一緒。確認の出方まで一緒)
・テキスト選択->右クリックコンテキストメニューでgoogle検索(Firefox3と一緒。まったく一緒)

・ショートカット作ってスタンドアローンでページ/WEBプログラム起動
これはいい!
Gmailのショートカットをデスクトップにつくって、あたかもメールソフトのように使えます
このショートカットから起動すると、アドレスバーもブックマークバーもタブもありません。
そのページからリンクを開く時は、かならず新規ウインドウで開きます。
(ブラウザでGmailをみている、という感じではなくて、メールソフトそのままという感じです)
ちなみに、Gmailの中で、「別ウインドウでメッセージ書く」をやると、ウインドウは開きますが、
あくまでGmailのウインドウ(Chromeのウインドウではなく)で開きます。

・firebug的なものがはじめからついている(これはみんなはいっているのか?右クリック時の「要素を検証」。CSSの検証とかできるみたいですが英語です)

・chrome用タスクマネージャ
 一見複数タブをひとつのプログラム内で処理してるようだけど、どうやらシステム上、1タブ1プロセスとして処理しているみたい。タブの数+いくつか個の「chrome」プロセスが動いています。Chrome用タスクマネージャだと、そのchrome関連プロセスだけを監視できるみたいです

のりかえるにはまだ・・。でもちょっとつかってみてもよい、という感じ。
基本はchrome、こまったときはfirefoxにしてみます。
変な統計情報たくさんとられてたりして・・・

しかし、
こういうレビューはいまや雨後のたけのこだろうがな

August 19, 2008

意外にイオン

意外にイオングループだった企業リスト

寺島薬局(ドラッグストア)
ツヴァイ(結婚仲介)
やまや(輸入食品)
タカキュー(紳士服)
オリジン弁当(弁当)
ホーマック(ホームセンター)
ローラアシュレイ(雑貨)

August 05, 2008

中村勇吾 2008.7.22

動ナビ派の茂木さんとDMM派の僕で鋭く対立し、一瞬スタジオに緊張感が走るところあたりが見ものです。

July 12, 2008

世の中から101をなくしたら

フォントの話。101という、広告などでよく使われているフォントを、世の中からなくしたら、ほぼすべてロダンに変わる。ロダンというフォントはそういう存在。一部、ヒラギノやAXISや新ゴというフォントにも流れるはず。次に新ゴをなくしたら、AXISとヒラギノに流れる。一部ロダンにも流れる。次に、ロダンとAXISとヒラギノ全てをなくしたら、シーダが残るだろうか。シーダはモトヤという老舗の活字屋。老舗だが、ここまできてやっと選ばれる。シーダがなくなれば、もしかするとイワタ新ゴに流れていくかもしれない。しかしみんな渋々だろう。イワタ新ゴはそういうフォント。

過去に、ゴナというフォントが世の中からなくなったとき、ほぼすべてが新ゴに流れた。石井ゴシックがなくなったときも、セザンヌに流れた。でもセザンヌではやはりものたりなくて、しかたなく31とかで妥協をしていた。するとこぶりなやニューセザンヌが出てきて、そこにまた流れていった。イシイゴシックに、という人もいたかもしれない。

世の中のゴシックは、そのくらいの小さな世界で成り立っている。いままで何億円かのフォントをいくつつくったかしらないが、そのくらいの小さな世界しかつくれていない。その小さな世界にすら仲間入りできずに消えていく奴もいる。

誰かの後釜になるのではなく、いろいろなゴシックから、自分のところへ流れをつくろうとした筑紫や味岡がなは、ある程度成功はしたかもしれないが、101にはなれなかった。101はトヨタであって、自民党であって、ドコモなのだ。

July 11, 2008

バンドでの

音の出し方について。

その時に鳴っている音、その時の少し前までに鳴っていた音の、あいているスペースに音を出す。ただし、あきすべてを埋める必要はない。好みに応じて。それをくりかえす。

スペース1.
音の高さのあき。重低音がないとき、ベースをだす。高音がないとき、ハイハットを叩く。

スペース2.
コードにとってのあき。ルート音、ナインス、セブンスなど。

スペース3.
進行上のあき。盛り上がったか、まだか。そろそろエンディングか。ソロの間に一度テーマをはさむか。バースをやる(聞き手、演じ手)の余裕(スペース)はあるか。

スペース4.
音質のあき。ふわりとした音質か、パーカッシブな音質か。あえてスペースのないところに出してみるもよし。楽器を変えるもよし。エフェクトかけるもよし。

スペース5.
リズムのあき。早いフレーズ、おそいフレーズ。

スペース6.
雰囲気、気分のあき。フリーな気分か、ビバップな気分か、メロディアスな気分か。それをすばやく切り替えてみるもよし。しばらくワンパターンでいって、自分であきをつくり、そこにみずからとびこむもよし。誰かにさきにとびこまれることも。


分単位のスペース、秒単位のスペース、いろいろ。あえてスペースをつくる、あえてスペースのないとこにぶつける、いろいろ。聞き手にとってのスペース、演じ手にとってのスペース、いろいろ。

July 10, 2008

新バンド

久しぶりの新バンド。
現役生ばかりで完全アウェイなのだが、合宿でやったメンバーなので大丈夫だろう・・、と思うがわからない。運良くだれにも断られなかったのが幸い。こうしてメンバーをあつめていると、可能さんの頃を思い出す・・。とりあえず来週曲決め。曲決めなんて何年ぶりだろうかw(>mitani)
まあでも月1回枠なので、ゆったりした感じでできるといいなと思ってます。なのでバンド練で下級生が泣くというような事態にはならないと思います。というわけで今日ジャッキー間クリーンのCDとヒノテルのCDを買いました。

ジャズ研8年目、と思って、1年目から順に誰がいるのだろうと書き出していったら、どう考えても自分は7年目になってしまう。でも西暦でいうと8年目なのだ。恐らく、6年目と7年目は同じ学年として認識されている・・。4年目と5年目も危うい。でも僕も嘗ては自分の1つ上以上はもうすべてひとつの塊だった。自分もそう思われているのか。

July 09, 2008

合宿

2日目:
弾ちゃんの車にmitaniとエリーが乗って実家まで来る。準備をあわててしたので、何が必要で何が不必要か吟味する時間がなかった。23時ちょっと前に出発。途中ミニストップでパイン飴と水買う。mitaniに貸していた金銭を彼女経由で返してもらう。
26時半到着。途中赤城高原だと思って入った赤城SAがしょぼすぎて吃驚。赤城高原に改めて入ってうどんを食べる。よしもとの自販機があったが、しばけんの合宿写真にも同じものが写っていた。
到着後、眠いのでそのまま寝る。5人部屋に2人、贅沢に使う。いずれ誰かが遅れてくるのだろう。それまでは贅沢に使う。雨が降っていた。僕にとってシェラ土足は2年目。いまだに半信半疑で土足でいる。Aスタに寝転がるのは、OKなのか?分からない。芝の上にいると思えばよいのか。

3日目:
8時に起きて風呂。シャンプーがリンスインシャンプーになっていた(去年はリンスとシャンプー別だったらしい、mitani談)が、それよりも、水で薄めてあるような感じで泡立たない。ボトルによって薄め具合が違った。湯船はぬるめ。
その後朝食。シューマイの旨さに初めて気づく。ふりかけがミニ化していた。めがねの女性従業員がいた。ブルーベリーティー的なものがあったが、飲まず。髭が伸びてしまって大変なことになっているギターの方。彼は今年のMVPだと思う。雰囲気作りを買って出ていた。自分でもあえてその役回りに徹したと言していた。偉い。
今年はOBが少ない気がする。去年は、同期、一つ下も結構来ていた気がするのだが、今年はあまりいない。でも返ってそれが良かったような気もする。大体の顔はわかったし。例年だと1年生や2年生まで接する余裕はないのだが、今年はそうでもなかった。
しかし殆ど寝ていた。何度寝坊したことか。曲練、ミーティング、途中帰宅1年の仮発表、昼食、みんな寝坊した。おかげで、どの曲を何日目にやったか、さほど覚えていず。途中、班長が寝ている僕を起こしに来てくれたときには、眠さからあやうく本気で飛び掛るところだった。そして飛び掛ろうとしたあとまた寝てしまい結局寝坊した。すみません。昼ごはんはネギトロ丼。しばけんと初めてちょっと喋った。
夜には忠太さんやかじちゃんが来た。忠太さんは同じ部屋。結局5人部屋を最後まで3人で贅沢につかった。ダテクと3人で写真展をやりましょう!と!それは楽しそうだ。裂きイカを食べ、マンドリン(?)を弄り、スパルタ班の練習に。ボコーダーは相変わらず設定が難しい。が、うまくできた。思考が野上にドラムパターンを伝授しようとするも、なかなか言葉で伝わらず、二人の苛立ちが見え隠れする。でも練習は楽しかった。エフェクターのキーチェンジで喋ることでラップとし、それをやる。非常に楽しいのだが、これを発表でやっていいものかどうか、1年生は退かないだろうか。27時寝る。

4日目:
9時過ぎ起床、朝食。今日はベリーティーがない。シュウマイを食べる。ポテトサラダがマカロニサラダになっている。朝曲練、その後風呂に入ったら、昼ご飯が終わっていた。一人で食べる。店員が優しい。ミートソース。サラダは食べられてしまった。その後Cスタにてミーティング、Aスタにてリハーサル、劇ミーティング。レディへのへが片仮名か平仮名か分からない、という話。くまの絵、アンビエンツの絵。今年はCスタ、Aスタにしかいなかった。あと少しE(?)スタか。Aスタの回るライトの消し方を教わる。大型冷房のスイッチはいまだに分からない。菊池君にスイッチを頼み、買出しに。カメラの電池が切れたのでついでに買う。異様に切れるのが早い。確認のため、Aスタのだれかのカメラの電池を少しの間借りました。ありがとう。
いったスーパーがホスピタリティ溢れている。全国の名産品とか置いてあるし、惣菜とかもなんか自然派おふくろ派で凝っているし。人もたくさんいる。戻ると準備は終わり、本番。食べようとおもっていたおっとっとは振り分けられてしまい少ししかもらえず。かきピーは結局食べず。
じゃんけん、三井班先攻。今年は2班。これはこれでいい。4ビートで緊張するmitani。彼、あんな曲やるんだね、と言う4年。後半野上怒涛のメドレー。スティックの先が折れている。あれが目に刺さりでもしたら大変なことだ。MCはひとりひとりネタ発表的なもの。発表前にタジマの長文メール。ワードで送ってきたらしい。パクリフレーズばかりだったらしい。でもよかった。
後攻。はじめの曲のあと、10曲くらい休みで、その後2曲ぐらいやる。どの曲もよい。派手すぎず、地味すぎず、まとまりすぎず、まとまらなさすぎず。全員曲は始め好きになれなかったが、やってみたらそんなことはなかった。1曲目はテーマで吹く音が3音のみ!3音!GとFとBbのみ。すげー簡単。あおい「高いGは出ません」。フラジオ練習しようと思っていたのに結局やらなかったな。でも替わりにコンディミ練習しまくった。3パターン覚えれば、全キー対応可能!だが覚えられない。角田「ジャズはダンスミュージック」「6年間で最高の合宿に(的なこと)」。レディへ、何年か前のkissと被る。当初Ts、Tpで完結していた曲に、ハモりをつけることで無理やりいれてもらう。すみません。わがまま言って。やらずに後悔するより、やって後悔しろ!と。とにかくすべてにおいてとてもいいメンバー、選曲、雰囲気だった。把握するかぎりではけんかゼロ。
劇の前にスパルタ班。3曲。みんな前に来て普通に座って聞いている。こんな近くにいたらボコーダーで歌えない・・・。ラップは楽しい。後を向いてやったので退いていたかどうかはしらない。劇。ドラゴンボールを集めて妹に会うという話と、キモイため就活に落ち硫化水素自殺するという話。その後片付けを先にして、セッション。素晴らしかった。たいてい最後のセッションは眠さとだるさと疲れでグダグダ、なんでもありになるのが常だが、今年は違った。張り詰めた感じ、上級生が少ないからだろうか。風呂に入って寝る。4時ごろ。

5日目:
朝起きて片付け続き。今年は前夜にやったので9時集合。大貧民、セパタクローをしつつブランチ。今日はベリーティーがある。ケーキがでる。カテキン「たろうは一番うまいギター」「他のジャズ研に比べて、全体的にレベルが高い気がする」。ひでお「オーボエは吹くのが大変」。
ピラミッド。写真撮影。もってこなくて良かったもの、CDプレーヤー、ソニーのMP3プレーヤー(shuffleだけで充分だった)、靴下、ビニール袋、虫よけスプレー、シャンプー、ワックス。髪切ってくればよかった。
今年は温泉に行かずそのまま帰る。三郷で常磐道に乗りそびれる。一度帰宅、風呂、着替えて打ち上げ。オバリン他来。東屋で礼讃に軟補導さる。1学へ。三井班合流。1時ごろ帰宅。

June 28, 2008

出産

人間はホニュウする。出産時の母親にかかる肉体的負荷は大きい。育児には、金銭、精神、肉体などもろもろの個人的/社会的努力がいる。子の巣立ちには数十年を要する。時には親のもとを離れようとせず、ごく稀に、そのような子に不安を抱いた親や周囲の人間が、彼らに対し逆上した子によって最悪死に追いやられるといったようなことも近年ではあるようだ。


母親の母性本能は強い。子は10ヶ月を母親の胎内で過ごす。そのため母親は、子を、まるで自分の分身のように感じることがあるのだそうだ。何百の卵を産み、しかも産んだ後に受精をするようなものたちでは、はたしてどのようにこの感情が生まれるのか。いわば我々からみれば、排泄、にも近い行為が、彼女たちにとって、人の出産と同じ、母性を実感するための行為になりうるのか。さらに、何百の子を一度にもうけ、どの卵がいつ孵化したのかの記憶も曖昧で、もはや個々の区別が不可能となったような家族の状態で、人でいうところの育児という行為は、成立するのか。そしてそういう状況の違いこそあれ、彼らなりの社会の秩序が今日まで保たれ続けている(ようにみえる)という事実。

May 21, 2008

ほじょ犬

厚生労働省のポスターに、写研書体が使われている(しかもアウトラインとって)。
何故だ。

April 21, 2008

April 20, 2008

マイ・エレメント


ふところは狭めに。重心は低めに。字面は揃えない。
游ゴシックよりぼてっとしていなく、クニャっともしていなく、もうすこしシャキっと。

April 15, 2008

味岡伸太郎 2001

私はデジタルの時代の遥か前から、写植の時代を含めたこの15年間、私が制作に関係した書体しか使っていません。もちろん私は仮名を担当し、直接漢字の制作はしてはいないが、一応レベルのある漢字書体に適合した仮名を作ってきました。その結果、明朝・ゴシックから丸ゴシック・横太明朝まで、あまり使うことのないジャンルを含め、基本書体は自作の書体がファミリー化して揃っています。
 既成の書体が目的に合わない場合にはその都度制作することにしています。名刺の名前に使う明朝体が気にいらなければその都度書くことにしています。小町、良寛もそうして生まれました。一昨年には一冊の本の為に必要な漢字約400字を制作したし、現在も仲間と共に作る地方出版社のために一書体作ろうかと考えています。既成の書体に満足しなければ使える書体を作ればいいのではないか。そしてそれに汎用性があるのならばフォントとして販売することも可能となります。
http://www.font1000.com/mail-folda/mail-kizon-font.html

April 12, 2008

ケラリーノ・サンドロヴィッチ 2008

「他者」がいない客席は駄目だ。「他者不在」の状態は、他者(例えば俺)が観た時、大きな違和感を感じる。マギーには悪いが、後期のジョビジョバはそれが嫌で観に行く気になれなかった。ラーメンズもそう。ナイロンにもその気配がないワケではないが、まだ大丈夫だと思えるのは、ごくたまにキャラクターグッズ的なモノを物販した時に、さして売れ行きが良くないからだ。これは俺の偏見か?「なんでもいいから関連商品は買う」みたいな観客が増えるとヤバイんじゃないかと思える。「味方」しかいない客席はつまらない。もちろん「敵」しかいないのは最悪だが。

April 11, 2008

手塚治虫 1978 年

マンガはもう終わりにきている。

メジャーになって、文化になってしまった。
サブカルチャーでできていたことができなくなった。
世の中を笑い飛ばすことができなくなった。
みんなを喜ばせなければいけなくなった。

April 10, 2008

04/03/16 03:38

254 :ФゝФ〕Иαηα∫н!∫αη:04/03/16 03:38
中島英樹もCAPにもデザインの根底には同じモノを感じるけど?
写植を経験してる感じというか。服部一成はもとは広告だから
文字やレイアウトに対する感覚がちょっと違う気がする。
たしかにCAPは賞取れてないね。gggで今展覧会やってるけどw
中島英樹とCAPの差はフォトディレクションか?
でも良く考えてみるとCAPってフォトディレクションに高い比重を置く
仕事あんまりなさそう。vogueくらい?
vogueでも写真に対してどれ位の権限持ってるのかわかんないしね。
フォトディレクション力必要とされそうな流行通信切られるの意外に早かったしな。
やっぱりCAP、ていうか藤本やすしはフォトディレクションがヘタなのか?

だれそれのブログの

「前のページ」と「次のページ」。「NEXT」と「BACK」。

どちらが過去で、どちらが未来か、咄嗟に分からなくなる。

僕らの日常では、
「前」は過去だし、「次」は未来だ。

でも、ブログシステムにとっては、
今、自分が見ているページを基点にすると、
「次」は「現在より離れる」になるし、「前」は「現在に近づく」になる。
ブログには基本的に未来はないので、
「次」は過去だし、「前」は未来だ。

ページの構造にとっての前後なのか、作者の時間軸にとっての前後なのか。

恐らく、最近のタンブラーなどでは、
「Older posts」と「Newer posts」や、「Previous post」と「Next post」という表記で、
これを解決している。
やはり、時間の概念を言葉に持たせた方が、我々にとっては分かり易い。

April 08, 2008

本明朝とMS明朝

どう見分ければいいだろうか。
少なくとも「あ」に関しては、MS明朝は本明朝に対して左に2.8°傾いている。
傾きを補正した。赤がMS明朝だ。
一画目のトメが、MS明朝ではややゆるい。
そのほかの部分についても、全般的にMS明朝はトメ、ハネにメリハリがなく、本明朝はある。
「こ」をみてみる。


同じようにMS明朝はトメ、ハネにメリハリがなく、本明朝はある。
また、本明朝では、一画目の始端と終端、二画目の始端が切断処理されている。
MS明朝は、丸い。
また、MS明朝は、二画目がやや直線的だ。
「あ」にみられた文字の回転は、「こ」ではみられない。
リョービのゴシックは、OpenType版でかなの形が変わってしまった。
(ナウG、シリウスも変わってしまった)
WEB上にTTF版の見本が公開されていないので、比較できない。

タグ

tiddlywikiとかでタグつけてるときに、
tool
にしたのか、
tools
にしたのか分からなくて困る。

toolもtoolsも存在するようになると、どちかにまとめるのが大変で困る。

どちかにまとめたとしても、またどっちにまとめたのか忘れるので困る。

複数形にしたんだっけ?タグはいっぱいつくもんだから、ふつうは複数形にすゆよな。いや、でもこの記事いっこに対してのタグなんだとしたら、これは単数形だよな。どっちだっけか

April 03, 2008

yugo

「デザインするのがおもしろくてたまらない。
 生理的に、ずーーーっとやっていられるんですよ。
 今でも好きで好きで、趣味感覚でやっているところがあるので、
 周りの人に叱られちゃうことがあるくらいです(笑)」

中村さんが楽しそうにウェブの説明をしてくださる姿を前に、
「好きこそものの上手なれ」って本当にそうなのだな、と思う。
ウェブデザインの道を本格的に歩み始めて10年も経っていないのに
すでにウェブデザインで世界中から注目を集めている底力は、
きっと、その「好き」から来ているのだ。

中村さんは、大学院まで建築を学び、その後、建築事務所に勤めていたのだが、
仕事を始めてしばらくすると「自分のやりたいこととは違う」と思い始める。
その当時の自分を「ダメサラリーマンだった」と言い切る。
勤務時間以外の時間に生き甲斐を求め始め、
趣味の延長で、もとから好きだったウェブデザインを独自に始める。
その後、一念発起、
サラリーマンを辞め、ウェブデザイナーの道を歩み始めたのだ。
そもそも、学生時代から夢見てきた建築の道をすべて捨てよう、
と思い切ること自体、きっと勇気のいることだったろう。
それに、いくら好きだからといって、
ウェブデザインで必ず成功するという保証もない。
迷いはすごくあったという中村さんだが、
その決断は、ある日突然できたと言う。

「ウェブの世界に趣味レベルで関わりはじめて、
 会社が終わったあとや週末に色々作っていたんですけど。
 そっちのほうがすごく面白くなって、
 だんだん趣味と仕事の重みが逆転してきたんですよね。
 なんて言うのかな、
 仕事をしている時間、本業の仕事をしている時間がだんだん、
 もったいない時間のように思えてくる時期があって。
 『あれ、なんで俺、こんな今の仕事をもったいない時間とか
 思っているんだろう』と。
 今やっていることが本来の自分の時間じゃない気がしてきて、
 自分の本能というか、やりたいことにちょっと忠実にやってみようと、
 もったいないと思った瞬間に、決断したんですね。
 次の日から、そういう方向に向けて動きだしました」
http://www.nhk.or.jp/professional-blog/100/7865.html

March 23, 2008

トルストイ

幸せな家庭はどこも似ている。不幸せな家庭はばらばら。

February 23, 2008

橋本和夫

それについては僕、疑問なんです。いまは、コンピュータのプログラムで細いのから太いのまでできちゃうでしょ。一から一〇までの太さの範囲で、細・中・太を作る。その内の細は本文用で、太は見出し用にというコンセプトでデザインされる。でもね、その細を本文用として使ったときに適切かどうかというのは、また別の問題ですよね。太い文字をプログラムで細めただけではダメな場合だってあるわけです。小さいポイントの文字では、もっと懐を広げなければいけないとか。

ですから、細は細の要素が必要でしょうし、太は太としての機能を加味してデザインすべきじゃないでしょうか。先人の生み出してきた金属活字や写植文字の書体群に、歴史の重さを思いますね。

やはり、明朝体にしろゴシック体にしろ、写研の本蘭明朝体を開発した経験から考えると、DTPの本文組版に耐えるデジタルフォントを設計する必要はあると思います。活字、写植のアナログ文字媒体と、デジタルフォントのデザインに関わって感じるのは、ここらでもう一度、活字や写植の時代から培われてきた文字の設計思想を理解しておく必要があるのではないかということです。活字のポイント別による文字機能や写植の多書体化の特質を、デジタルフォントは持っているように思います。その土台の上に立って、改めてデジタルフォントのこれからを、タイプフェイスのデザイナーとしても考える時期にきていると、僕は思いますね

中村征宏

よく書体全体を『木』に例えられますね。明朝体と角ゴシック体は幹で、そのほかは枝や葉に当たると。幹の部分は、字游工房さんが完成度の高い書体を制作していらっしゃいますから。なにしろJIS漢字字典の親字に『ヒラギノ明朝体』が採用されてますよね。私は枝葉に当たるところで作っていきたいと思っています。

February 21, 2008

お日様の匂い

お日様に匂いなんてない。
あれは、日光で細菌が死滅して、その死骸が乾燥した時の匂いだ。

February 20, 2008

(恐らく)イワタ特太ゴシック体オールド



セザンヌかと思いきや。

こちらはセザンヌ。イワタの方の、「い」、「ら」、「の」の変さ(いい意味で)が際立ちます。


創英角ゴシック



は上。

下はゴシックMB101 Bです。

February 19, 2008

ZENオールド明朝






栄光ゼミナールの電車内広告。


その向かいには、世界のキッチンからの広告。(画像はWEBですが)




オールドスタイルの明朝は、たいていこれなのか。

確かに、一番きれいだとは思う。とくに「か」。


February 18, 2008

小塚ゴシック

小塚ゴシック。
ここにはありませんが、「さ」や「き」が変わってます。

February 14, 2008

これもAXISフォント

にしてもしかし、AXISフォントのひらがなは、
ちょっと間抜けよね。MS UI ゴシック的な間抜けさがある気がしてならない。
特にcondensedなんてほんと、2チャンの面白フラッシュかと見まごう。


*Regular



*Condensed

February 12, 2008

マクドナルド

の書体
新ゴシック系だが、
「り」が、新ゴやMeiryoではない。
これは、AXISフォントだ。
AXISフォントの「り」は、この「り」だ。

また、「フ」の右上カドが切れている。

February 09, 2008

しゃっふるに欲しい機能

ランダム再生中でも、一時停止をしてから曲送り/曲戻しをすると、プレイリストの順で送られる
ランダムに聞いていて、たまにこのアルバムの中の別の曲を聞きたいと思ったとき、いちいち切り替えるのが面倒

日本シリーズと初詣

どちらも、さんぱいすると、いのる

(ねづっち)

January 24, 2008

ねづっち氏の作品

笑点とかけて、薬ととく

その心は


ピンクと言えば、コーラック

November 15, 2007

真心ブラザーズ All I want to say to you


佐藤 雅彦

真心ブラザーズのまたまた名曲「All I want to say to you」のPVを
ユーフラテスと作りました。曲も歌も素晴らしいですが、
PVもちょっとすごいです。

歌詞などのテロップが入ってない状態で見てほしいと思います。
理由は見るとわかります。

PVの企画は、ユーフラテスの佐藤匡、
もちろんディレクションも佐藤匡です。

制作はユーフラテスですが、
慶應大学の佐藤研の現役・OBにも手伝ってもらいました。

佐藤 雅彦

All I want to say to you : 作詞・作曲 桜井 秀俊
             歌 YO-KING
       PV   : 制作 ユーフラテス(=EUPH)
            CD 佐藤 雅彦
            dir 佐藤 匡

November 06, 2007

Android by Google and the others

Q:Googleの立場、取り分は。Googleのアプリケーションやサービスはプラットフォーム内でどのような位置づけになるのか。Android採用端末では特別な扱いになるのか。

Andy Rubin (Google):
Googleのビジネスで面白いのは柔軟性と関連性(relevance)......Androidソリューションの一部は堅牢なHTMLブラウザから成り立っている......大方の予測とは異なり、このプラットフォームをベースにした携帯が完全に広告ドリブンになるわけではない。

Q:これはスマートフォンのためのプラットフォームか。それとも(中間的な)Feature Phone、あるいはローエンド寄りの端末向けなのか。

Peter Chou (HTC):
複数のエキサイティングな端末を開発しているが、要は最適化されたインターネット体験を提供すること。アンディ(ルービン)が述べたように、将来の端末で実現できることは非常にたくさんある。(ここでまたクアルコムのCEOが当社のチップセットで安価な携帯が可能に云々の売り込み。どうかと思う。)

Eric Schmidt (Google):
現在のほとんどの携帯に共通する根本的な問題は、フルパワーのブラウザを備えていないこと。われわれのモバイルサービスを提供するときも、そうした端末のために特別な作業が必要となる。Androidをプラットフォームとして採用すれば、アプリケーションをプラットフォームに無理に合わせる必要はなくなる。

Q: Windows MobileやSymbianとの違いは? 開発が必要なプラットフォームを増やすことで、モバイル業界をさらに分割するのか。

Andy Rubin (Google):Androidはオープン。それには2つの意味がある:開発者は自由にアプリケーションを載せることができ、OS全体がオープンソースであるため、自由に改変することができる。

Eric Schmidt (Google):さまざまなプロプライエタリの技術が開発されてきたが、量をこなすのに最適なモデルはオープンにすること。Androidがオープンなソフトウェアであるということは、競争相手の双方が採用するということもありうる。それに値するものであればだが。

http://japanese.engadget.com/2007/11/05/google-android-oha/

October 31, 2007

三昧

最近昔よく聞いていた槇原敬之のアルバムから100曲ほどシャッフルに入れて聞いているが、

よくまあこんだけ似たコード進行の癖に全部曲が違うように書けるな…、と関心しています。さすがです先生。

アレンジというのは、単曲だけで聞くんだったら大して重要じゃないかもしれないが、こうして大量の曲を作っていく上では、大切だと感じています。その点、ギターとドラムとベースだけのバンドは、やっぱりアレンジが似通って、どの曲も同じに聞こえる。バンプオブチキンなんて、全部同じに聞こえるもの僕は。

槇原敬之の場合、ドラムもベースもその他ほぼ全部打ち込みだし、楽器音以外も多様しまくってるので、ねたは尽きないのだろうなあ。にしても全部曲装がしっかりしてるから、聞いていて戸惑わない。この曲はこういうコンセプト、というのがみんなしっかりしている。しかもアルバムごとのカラーもちゃんとあるし。本当関心します。

で、打ち込みではあるのだけど、ピアノとギターだけはほぼ生なので、打ち込みぽくないのですよ。しかもギターといってもただの伴奏ではなくて、ちゃんと小倉氏が真面目に弾いて、たまにソロもとるので。


ただ、最近の(出所後の)は、どうもその、センスが一部変わったといいますか、いい曲ももちろんあるにはあるのだけど、なんだか方向性がはっきりしない曲がたまにあったり、ずいぶん粗い方向の曲があったりと、いまいち手放しでは聞けないんです。いい曲ももちろん大多数なんですがね。なんだか各アルバムのカラーがいまいち自分のなかではっきり塗り分けられない。これはミスチルも同じことが言えるのだけど…。で、自分がしっかり聞かなくなったからかと言うと、そうでもない。他の日本人ポップスはちゃんとアルバムごとに認識できるので。

ぱっと曲だけ聞いて、どのアルバム!って分かったり、アルバム見て、曲が浮かんできたりしないのよね…。

なのでシャッフルに入れてるのはいまのところ逮捕前のまで。そのうち残りもいれてみます。

しかしながら、やはり歌詞に関しては…。まあ、これで退廃的な歌詞ばかりだったらここまでのし上がってないしな…。別にいいんだけどさ。うん。

October 26, 2007

CD-R

CD BabyというインディーズのCDを製作者がネット通販できるアメリカのサイトの日本語版に、「CD-RをインディーズのCDとして売ってもいいか」という問題についての意見が書いてあります。
http://cdbaby.com/jp/page10/page10.html

によると、
「いずれにしろ、自主制作とは自分の作品を自分自身で制作し、プロデュースするのですから、自分が用意できる環境で最善を期し、出来上がった CD-R を再生して問題がないと自らが判断すれば、それで OK なのです。」
(本意:CD-Rはだめだ、というわけではない。むしろ普通のCDよりいいときもある。ただし、粗悪品のCD-Rを使ったり、下手な焼き方をすれば、当然品質は低くなる。自主制作をするなら、使うCD-Rと焼く環境にも責任を持て。)

所々投げやりな日本語だったり、たまに矛盾している部分もあるけれど、とても真っ当な意見だと思います。

そもそもCD Babyを知ったのは、
CD Babyで売っている、MICHAEL BLUESTEINがとても気に入ったからです。
(iTunesで視聴&購入できます。でもなんだかやっぱりCDの方がいいので買いました。)

■追記
このCD Babyは日本からも出品できるみたい&iTunesなどのオンラインサービスにも出品される(可能性がある)&初期費用は35ドルらしいので、デビューしたい方はどうぞ。
http://jp.cdbaby.net/

■追追記
で、CD Babyにある、デビューを目指す心得解説のようなものが面白いです。例えば、

~以下長いけど引用~

○自分の音楽を適切に表現しないと、ファンは作れない

ある人が尋ねます:「どんな音楽をやっているの?」
ミュージシャンは答えます:「どんなスタイルでも。すべてだよ。」

その人は、次にこう尋ねます:「じゃあ、誰の音楽に似た感じ?」
ミュージシャンは答えます:「誰にも似ていないよ。僕たちはまったくユニークなんだ。今まで聞いたどんな音楽とも違うものなんだよ。」

その人はどうするでしょうか?
答えは 「何もしない」 です。そのうちチェックしてみるなどとあいまいな約束をして立ち去り、あなたのこを忘れてしまうでしょうね!
どうしてって???
相手の興味をかき立てなかったからです!セルフプロモーションの大原則に違反したのです! これじゃあ全然ダメです!

こう言ってみたらどうでしょう。「火星人が演奏している70年代のポルノファンク音楽みたいです。」
または…「このCDは、まるで、ピンクの羽を持った妖精があなたの耳たぶにやさしくキスするような音楽です。」
または…「激しく踊るようなレゲエ音楽です。この音楽が流れると、たちどころにヤシの木と砂浜が現れます。激しいグルーヴは、ダンサーでなくても架空の島の雰囲気に陶酔させ、全員が砂の上で踊りだすでしょう。」

このような表現を使うと、相手の興味をそそることができるはずです。

自分の音楽を表現する魔法のキーフレーズを用意しましょう。いくつか実際に使ってみて、見知らぬ人から常に良い反応を得られるフレーズを見極めたら、そのフレーズを採用することにして、いつでもすぐ使えるように準備しておきます。

音楽の幅を狭める必要はまったくありません。上の3つの例はいずれも音楽を限定しているわけではありません。

つまり、大事な点は、あいまいな言葉ではなく、興味をそそるような言葉で自分の音楽を表現する魔法のフレーズがあれば、全然知らない人にでも「なんだろう?」と思わせることができる、ということです。

どんな表現を使う場合でも、「すべて」、「何ものでもない」、「あらゆるスタイル」、「まったくユニーク」などの言葉の使用は控えてください。

「何か」を表現してみましょう!

http://jp.cdbaby.net/say-what-you-sound-like

■追追追記
尚、このアドバイスを書いたのは、
デレク・シバース(Derek Sivers)氏。CD Babyの創設者だそうです。
バークリー音楽院卒、坂本龍一のバックも勤めた元ギタリスト。
http://jp.cdbaby.net/derekintro

プログラミングでもやや名を馳せている人のようです。
氏曰く、

~以下抜粋~

○プログラミングはソングライティングに似ている

・きっとある/あるべき何かという曖昧なコンセプトに始まり、それからそのヴィジョンに向かってゆっくりと作り上げられていくところ。彫刻にも似ている。
・ソングライティングも、ユーザインタフェース設計もともに、ずっとオーディエンスに興味を持たせる必要がある。つまり、一つ間違った選択をしてしまうと、オーディエンスは二度と戻ってこない。
・誰がやっても、問題(小さいのであれ大きいのであれ)の解き方は少しずつ違う。
・あなたが最悪だと思う曲やプログラムの中に、何度も再利用できる素晴らしいアイデアがあったりする。

http://www.yamdas.org/column/technique/ow_sngwrtj.html

October 19, 2007

youtube

のプレーヤー(他のサイトに動画を埋め込んだときのプレーヤー)がまたバージョンアップしている。
シークボタンの動きが滑らか、関連動画の出方が滑らか、全画面から小画面への動きが滑らか、と全体的に滑らかになっている。下側の操作パネルの幅も太くなったし、色も薄くなった。
という気がするのだが、リリースがみあたらない。

October 18, 2007

まったくもう

会社の男子トイレの大便器の奥の方に、ウォシュレットのお尻からの跳ね返り水滴がついたままにしている諸君!きちんと拭き取ってから個室を出たまえ!

それから、兼ねてから思っていたが、手洗いの自動水栓は、こちらが石鹸を泡立てているだけだというのに、まだ洗っていないというのに、もうすすごうとしてくる!何とかならないか。

October 11, 2007

カメラ

ファインダーを覗いて、夜、蛍光灯や常夜灯をみると、蛍光灯の像の真下に、うっすらと蛍光灯が映り込んで二重に見えていたので、これはファインダーかスクリーンかミラーの汚れか故障かと思い、ニコンへ行った。
他のマニュアルのカメラではそんなことないのだ。それに、どのレンズで見てもそうだから、きっと本体の問題だろう。

結局故障ではなくて、最近の一眼レフの特性なのだそうだ。F80も、D50?も、とにかくみんなそうなのだそうだ。実際触ってみたがそうだった。マニュアルカメラは、スクリーンの構造?が違う(層が一層?)ので、二重にみえない。
ついでに、内蔵ストロボが僅かに浮いてしまっているのの見積もりをとったが、最高一万と言われたのでやめた。
この間出したレンズの曇り取りは、見積もりは2万だったが、結局1万だった。生産終了品につき、替えのレンズ玉がないので、清掃工賃のみ。カビは完全にはとれなかった。

帰って来て、ストロボの上蓋を空けてみた。ヒンジ部分のプラスチックの止め具が奥に引っ込んでいたので、元に戻したら、ストロボの浮きも直った。簡単なことだった。
ただ、いろいろなところにひびが入っている。F80Sを考えていたが、どうもシャッターボタンが押しにくそうなので、U2にしようかな。高い/マニュアルのカメラは重くて困る。まだデジタルを買う気にならない。

今まで、撮ったフィルムのケースを捨てていないでとってあるので、今度数えてみよう。あとどのくらいでシャッターが寿命だろうか。

道具にお金をかけることと、練習をすることは、どっちが先だろうか。
愛着のある道具を使い続けることと、新しいいい道具を常に使うことは、どっちが得だろうか。

広い背景に小さな被写体をひとつ入れる(例えば草原の象一匹)とき、象を真ん中に持ってくると、主役は象だが、象を真ん中から少し外すと、主役は草原の広さと象の小ささ、という意味自体になる。写したいのは被写体ではなくて、その雰囲気というときには、有効になる。

大学の写真の先生は言っていた。単焦点で撮りなさい。ズームレンズは、被写体との距離を決めるために自分が移動するということをしなくなる。自分で歩いて、画角?を決めなければだめだ。
で、僕は単焦点の次に広角ズームをかった。(広角単焦点は高いので仕方なくズーム)広角はいくら後ずさりしても標準レンズでは無理なものがとれる。狭い部屋とか。その次にマクロの単焦点をかった。これも、僕の持ってた標準レンズでは近づいても近づききれないものが撮れる。望遠というのは、余り興味がない。自分の目で見えないものを撮っても、楽しくない。

自分の目は、だいたい70�くらいのレンズに相当する。50�のレンズは、自分の目よりやや広角なのだ。ただ、その分フィルムの面積が視野より相対的に狭いので、ちょうど見たままが写る、ということになっているのかもしれない。

でも、その見たまま、は意識的に見ているまま、であって、見えているままではない。ということが広角を使ってみてわかった。広角で見ると、周辺視野が全部はいる。周辺視野を中心視野?につめこめるので、遠近感の感覚が麻痺して面白い。広角レンズを覗きながら車に乗ると、体感速度が倍増する。

亀田 誠治

今年で43歳。
武蔵高校、早稲田(第一文学部)卒。

ヒットの法則
・ヒットさせようとして作ったことは一度もないが、経験則的には以下の要素が必要。

1.アーティスト
・声質
・若さ、かつそれに矛盾する何かの技量
・見た目
・リアリティ(共感できる背景、かつ実話)

2.楽曲
・コードとメロディ(カノン進行、マイナーキーのドミナントケーデンス)
・アレンジ(ただし、必須ではない)
・歌詞

3.プロモーション
・映画タイアップ
・TVドラマタイアップ
・CMタイアップ

※3.については、映像タイアップに限った話で、しかも内容が、タイアップ時の苦労だったので、どのように必要なのかは説明なし。

その他
・朝5:30~6:00には起きて、9:00には仕事場につく。朝所用をこなして、午後スタジオに入る。
・疲れていても疲れていないと思い込めばいい
・寝る時間は決まっていない
・後半にはクリス智子が来た
・音楽業界にいるとしても社会人は社会人。遅刻しない、締切りを守る、譜面・デモを用意してから仕事に望むとか、そういうマナーは必要。
・24歳の6月まで、ニートだった。
・デビューはCOCOの楽曲提供とアレンジ、【シティ・ポップスの誰か】のバックバンド
・子供が2人(中3?、小2?)
・ミスやトラブル自体は責めるが、その本人は責めない
・気遣いと気配りは違う。気配りはするが気遣いはしない
・動きとしゃべりが少し釜ぽい。気弱なおじさんという感じ
・椎名林檎に関する話はほぼなし

October 09, 2007

JTのマナー広告

ことし、はやってほしくない

メイクは、車内でのメイクです

(改行位置が間違っていると思う。「今年、流行してほしくない」、なのに、「今年は、やってほしくない」にも読めてしまう)

September 28, 2007

ipodshuffleを使っている

のだが。どうもうまく使いこなせない。

問題点:
・shuffleの中の曲を入れ替えたり、レートをつけたりすると、いちいち同期してうざい。
以前のitunesのバージョンでは、shuffleが接続されていないときにも、shuffle内のプレイリストを編集できた(で、shuffleを接続したときに同期できた)ようだが、今のバージョンではできない。どうやら、appleが、itunesのソースリストの見栄えをすべてのユーザーで統一させたいから、とのことらしい。
・「shuffleに入っている曲のプレイリスト」が作れない。
ソースリストに表示されるshuffleのプレイリストは特別なプレイリストらしく、スマートプレイリストで他のプレイリストを選択するところにも、shuffleのプレイリストは出てこない。ファイルの位置とかから、無理矢理shuffleに入っている曲だけを選択しようとしても、どうやってもできない。shuffle以外のipodであれば、そういうリストを作ることも可能らしいが、shuffleではできない。これがないので、「shuffleに入っていない曲のプレイリスト」をつくることができない。次にshuffleに曲を追加するときに、いまshuffleに何が入っているのか分からないので、重複してしまう。
・shuffle内の曲で「重複する曲を表示」ができない。
上記のようなことがあるので、これができないのはつらい。
・1GBしかない。
シャッフルで聞くよりも、やっぱりアルバムでききたい曲、というのがある。しかし全曲入れるわけにもいかない。
・聞きたい曲ばかり入れると飽きる。かといって完全にランダムに選ばせると聞きたい曲がなさ過ぎて飛ばしまくることになる。
ベスト盤というのは大体退屈なものだよ・・・。ただし捨て曲というのも多いものだよ・・・。

というわけで、下記のような手順で最適のshuffleプレイリストを作ることに:

  1. まずは全曲から、オートフィルでshuffleにとりあえず入れて、3-4日それを聞く。
  2. shuffleに入っている曲を、まるごと新規プレイリスト(my.shuffle)にコピーする。また、my.shuffleに含まれない曲の新規スマートプレイリスト(not.my.shuffle)も作る。
  3. my.shuffleの中身を眺めながら、3-4日聞いた感触を元に、いらない曲を削除する。アルバムで聞きたい曲は、アルバムを丸ごと入れる。
    (この作業が、実際に3-4日聞いてみないとできない。また、このプレイリスト内でなら、重複する曲も削除できる。)
    my.shuffleは1Gを超えないように、できれば800〜700MBくらいに抑えておく。なので、いらない曲はどんどん消す。曲を選び終わったら、アルバム順でソートしておく。
  4. いったんshuffleを空にして、my.shuffleをそのままコピーする。
    (もし、この時点で曲の順序がアルバム順になっていなかったら、アルバムでソートして、デバイスのshuffleアイコン右クリック「再生順序にコピー」を選択する)
  5. shuffleのオートフィルで、not.my.shuffleから残りの空き容量を満たす(「オートフィル時にすべての項目を置き換え」のチェックははずしておく)。
要するに、shuffle用のプレイリストを作って、shuffleをそれのクローンにすることで、大規模な曲入れ替え時のうざさ軽減&重複曲表示&ipodに含まれていない曲のプレイリスト作成をできるようにする。ということです。それだけです。

◆これで、とりあえずは聞きたい曲が多い(かつ聞きたい曲ばかりではない)shuffleになる。

◆シャッフルしながら聞いていて、アルバムでききたい曲が出てきたら、リスト順で聞けば、アルバムで聞ける。

◆購入したアルバムの追加、細かな曲の削除や追加であれば、その都度shuffleプレイリスト上でやればいい。聞き飽きた曲を削除して、聞きたい曲を追加して、余った容量はnot.my.shuffleからオートフィルで満たす。これを繰り返す。そのうち、not.my.shuffleが厳密な意味でnot.my.shuffleでなくなってくる(not.my.shuffleにもshuffleにも入っている曲が増えてくる)ので、たまにmy.shuffleを更新する。

新しいアルバムを丸ごとシャッフルに入れたいとき:

  1. shuffleに入っている曲を、my.shuffleに全部コピーして、shuffleを空にする
  2. 新しいアルバムをmy.shuffleに入れて、容量が1GBより少なくなるまでいらない曲を削除する。
  3. my.shuffleをshuffleにそのままコピーする。
  4. shuffleのオートフィルで、not.my.shuffleから残りの空き容量を満たす(「オートフィル時にすべての項目を置き換え」のチェックははずしておく)。

September 18, 2007

私の

私の靴底は一体どこへいった。いつのまにか徐々に擦り減っていく。会社の絨毯の編み目か。上野のアスファルトの割れ目か。ホームレスが拾って口にするパン切れにまじっていやしないか。お腹を壊したりしやしないか。ゴムは体に良いとはいえない。そのまま堆積して、将来の近世地層になるのか。この時代の地層には、当時履かれていたゴム靴の底の破片が非常に多く含まれています。その放射性同位体の含有率から、正確な分析を行うと、1980年から2020年頃の地層であることがわかります。

September 15, 2007

土曜日

京浜急行線。大船行き。昼前。社内はまばら。晴天。9月。

黒い服に真珠のネックレス。黒いスーツ。紺の半ズボン、黒いポロシャツ。男女5人、子供一人。葬式帰り。横浜で降りました。

葬式の空気はすぐ消えた。変わりに人が沢山乗ってくる。談笑している皆。葬式の空気は消えた。


訳も判らず黒い服を来て、退屈と思っていたが、大人はそれぞれに思うところがあって、せっかくの式を台なしにしてしまったな。申し訳なかった。

次の式は多分堪えきれないだろうな。もう訳も判らず、とはいかない。黒いポロシャツでもいけない。しっかりしたのを買わないといけないな。そんな出費でも、僅かな弔いになれば。

試聴

をiPodでできたらいいのに。

無料でダウンロードできて、全部通して聞けるのは一回だけ。巻き戻しも不可。一回聞くとあとはサビしか聞けなくなる。

パソコンに入ってる曲から、自分の好みを推測して、好きそうな曲を勝手にダウンロードしてくれる。アマゾンみたいに。

September 08, 2007

駅遊び

けいきゅうか、また

GotAnd{A;}

TRIDE

mad マツド

September 04, 2007

頻発するビジネスの問題

・最後の最後でよくみて修正かければいいや、と思って大してチェックせずにやりすごしていると、最後の最後にはそんな余裕はない。
・「誰かがみるからまあ大丈夫だろう」と、誰もが思っている

August 20, 2007

できるか

世の中を全て記録して、自由に再現できるようになれば、少なくとも過去へのタイムマシンはできる

CO2と何かを燃料にして何かを出す機関はつくれないのか。葉緑体を改良するとか。ダイヤモンドと水をつくるとか。エネルギー保存的に不可能なのか

地球上の炭素量はこれまで一定だったのだろうか。もしCO2を固体にでもして宇宙に棄てたら、どうなるか。酸素がへるか

質感

世の中のものの殆どは質感で決まっていると思う。とくに第一の印象では、質感ぐらいしかわからないだろう。まっさきに記憶に残るのも質感だ。

人なら声質と喋り方と、服とか仕草とか、まあムード。何を喋ったかなんて重要ではない。音楽も絵画も広告も書体も、対象において最重要は質感、と言いたい。それ以外はその後、質感を把握した後。

なんというか、それなのに、質感は社会で軽視されすぎていると、質感の経済学は発展していないし、うちの会社で言ったって、それを扱うのは一仕事にせいぜい一人だと、そういうことです

August 02, 2007

広告をなくせ

作詞・作曲:松尾健太郎
唄:松尾健子

広告をなくせ
広告をなくせ
広告をなくせよ
広告はなくならない

携帯をなくせ
携帯をなくせ
携帯をなくせよ
携帯はなくならない

おれをなくせ
おれのあれをなくせ
おまえのナニをなくせ

*
なくせなくせなくせ
なくならないなくならないなくならない
なくせったらなくならないよ

(*くりかえし)

太りすぎた女

作詞・作曲:松尾健太郎
唄:松尾健子

太りすぎた女は
自室の鏡の前で
太りすぎたことに気付く

木造
鉄筋コンクリート造
RC造

太りすぎた女は
夜中の冷蔵庫を開けて
太りすぎたことに気付く

太りすぎた女
明らかに太りすぎた女

電車も
船も
タクシーも
飛行機も

July 09, 2007

合宿メモ

2日目:
・17:00ごろ入江CARが自宅へ迎え。つくばカスミにて買出し。パン等購入。17:15忠太さん合流。つくば出発。途中SAで珍来ラーメンの夕食。22:00ごろシェラ到着。
・昨年から土足解禁とのこと。部屋は離れの308。Aスタにて班練習に合流。まずは急にPチャン。
・その後劇打ち合わせ。大筋決まる。栗原が特命ドラマーで角田の悪行を正すという話。
・一人で温泉へ。魚の臭いがするというがそれほど気にならず。お湯が熱い。
・Aスタで三谷、林、忠太さん、しこうらとセッション。
・部屋に大量の虫。28:30就寝。

3日目:
・7:00起床、朝食バイキング。ウインナーが旨い。レストランには韓国人研修生2名。
・9:00から曲練。Deserving Many、Footprints、後12:00昼食。カレー。13:00から再び曲練。情熱、1年曲。風呂。
・劇の小物作成。アイスクリームのカップ、ストッキング等で盛り上がる。
・他団体がaikoなどを歌っている。他団体はどうも好きになれない。いい大人が・・。みたいな。人のこといえないけど何故か。
・18:30より発表本番。発表順はタジマ→しばけん→野上。徐々に盛り上がる。各班1.5時間ずつ。23:30全班終了。劇へ。
・しばけん班はしばけんが柴犬になって最終的にsad endの話。田島班はチュパカブラが出てきてビリーズブートキャンプを踊ったりする話。劇終了時刻は不明。26:00ごろ?温泉へ。
・その後うろうろするが目新しいこともなく、27:00ごろ?就寝。すっげー疲れた。
・若者は深夜のプールで水球。

4日目:
・9:00起床、温泉へ。
・10:30ブランチ。やはりウインナーが旨い。焼きたてクロワッサンを掲げる韓国人研修生。とろろのようなカスピ海ヨーグルト。
・プールでまた水球をやる若者、スイカ割りをする若者。スイカは甘い。iPodシャッフルをポケットに入れたまま水球をする河合。天気がいい。
・バス到着、組み体操、記念撮影。バス出発。
・入江CARにて赤城SAへ。赤城SAにて佐野立ち寄り班、つくば直帰班に分かれ分乗。佐野班、津賀CARにて佐野へ。17:00ごろ万里で食事。19:00ごろつくば着。津賀CARにて自宅へ。自CARにて再度つくばへ。
・20:30ごろ百香亭一次打ち上げ合流。22:00ごろ一学松美池にて二次打ち上げ開始。
・田島班も同所にてBBQをしている。花火。ライサンの指導により火気を自粛。太田君シルエットがしゅうほに激似。意外と半そでは寒い。その後しばけん班も合流。24:00栗原誕生日。
・24:30ごろ帰宅。26:00就寝。

※1日目は欠席

July 04, 2007

WEB広告

WEBサイトにはいろいろな広告が載っている。
といっても、僕がみるのはほとんどヤフーのトップか、ニュースページですが。

ヤフーの広告枠には、それぞれ名前がついている。例えば、ヤフーのトップの右側、ニュース欄の上方にある広告は、「ブランドパネル」、ニュースページの中央上方、横長の広告は、小さいものは「ノースバナー」(上=北=North)、大きいものは「スーパーバナー」といった感じ。ヤフーの「広告掲載について」からたどれば、詳細資料が見られる。

最近、このブランドパネルやスーパーバナーで、長尺のCM素材をそのまま流しているものがある。(そもそも、この2つの枠は、ヤフーの広告枠の中でも最も多くの人に見られる広告枠で、効果が期待される分、価格も人気も高い) パイレーツオブカリビアン、ソフトバンク、サントリーアワーズ、エクスリムとかがそうだ。

これまで、この枠では、数秒のオリジナルFlash素材を流していた。というか現在でもそれが主流だろう。大抵、簡単なアニメーション。場合によっては、2カットぐらいの簡単なものだ。その中で、CMをそのまま流されるとどうもつい目が留まる。

なぜそれに反応するのだろうか。WEB広告の中で異質なものだからか。テレビで見慣れた構成の映像だからか。それとも(一応、他のWEB広告素材に比べれば)"作りこまれた"映像だから、映像それ自体に力があるのか。多分全てだろう。

もちろん、今まで、WEB広告用にスタジオを借りてカメラマンがビデオを回してタレントを撮るなんてことはなかったし、現在でもない。こういう素材を流すためにはCM制作(とその放映)をすることが前提だ。相当予算があるということだ。誰にでもできる広告ではない。WEBのためだけにこういう素材を作ろうとしても、(既に作りこまれた映像素材が用意されている映画の広告は別として)多分媒体費より制作費が高くつくことになる。

そう考えると、金がある企業の手抜きWEB広告とも思えてくる。でもそれが結局出来も見栄えもいい。困ったものだ。

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現在でも、WEB広告のあり方として、「自社サイトへの誘引」を第一の目的にしている企業は多い。そもそもWEB広告の始まりは単純なテキストリンクだった訳で、WEB広告は(今でも一部の人にとっては)、あくまで「リンク」、「魅力的な素材で、そこをくりっくしたくなるようなリンク」なのだ。

そういう人にとっては、WEB-CM広告は、クリックしたくなるかどうか、自社サイトに誘引できるかどうかも分からない眉唾物に見えるのかもしれない。

ただ、自社サイトへ来たからといって何になるのだ、という問題もある。自社サイトをそんなに隅々までみてもらうようにするためには、CMを作る以上の努力と金がいるんじゃないの?(まあでもごめん、媒体費はかからないやね)そして、そこまでして知らしめたい情報とは何か?商品を買うにあたって、そんな大事な、有用な情報が果たしておたくにはあるのか?商品のことを知って、いいな、と思って、店に行き、商品を買ってもらえばそれで済む話なのではないか?(店を持たない通販なら話は別)「いいな」と思わせるのに膨大な情報を伝えなければいけないというのは、コミュニケーションの失敗か、商品自体に魅力がないか、どちらかではないのか。

問題は、広告の役割をどう設定するかにある。その商品の存在を知らせ、その商品のよさを知らせることを広告の役割とするなら、WEB-CM広告は正しい。というか、僕はそれがほとんどの広告の役割だと思うけどな。商品の存在とよさを、いかに深く知らせることができるか(情報の深度ではなく、記憶の深度として)が、広告がうまいかへたかの分かれ目ではなのかな。

まあいい。結局全て金だ。

June 26, 2007

生物は

やっぱり楽しいなあ。

何がいいって、不毛な感じがいい。人間はまだここまでしかわからないのか!自分のことなのに!自分のことを自分で分かろうとするパラドックス!みたいな。それに、複雑すぎて結局分からずじまいで終わりそうな予感がするところもいい。生物の仕組みの解明のゴールは必ずあるのだけれど、絶対に人間はそこにたどり着く前に滅亡するな、みたいなところ。

にしてもしかし、何でも相似として当てはめるのも安易かもしれないが、人間の生活は細胞の中の縮図(拡大図)だし、それは同時に人間の体の中の縮図だと思う。フィヨルド地形のような、フラクタルだなあ、とね。

生物のことを考えると、人間関係なんでどうでもよくなる。どうせ感情なんて神経伝達物質のやりとりに過ぎないし、社会なんて人間がたまたま作り上げたもろい群生の仕組みなだけで、とくにそれが正しいと誰かが決めたわけでもない。正しくなければ、生物の歴史の中で淘汰されて、次の仕組みに置き換わっていくだけですよ。

暴走して死ぬ細胞が癌であるのと同じで、人間も生物の癌かもしれないし。集団的遺伝変異によるアポトーシス(ネクローシス?)の途中かもしれない。進化はずっと続いているけれど、速度が遅すぎてその途中にいる者には進化が今起きていることは分からない。生物は自分の住む世界の普段認識している時間の速度より極端に遅いものや早いものは知覚できない。人間が滅びて、次の生物が繁栄するちょうどその中にいるのかもしれない、とか。

生物はそういうことを考える余裕を持っている。どうせ人間なんて、という自虐的で悲観的な感覚を持っている。医療のために、とか人類のよりよい繁栄のために、とかいう場合もあるけれど、基本的には自然科学は真理探究の学問・行動であって、医療や繁栄はあくまで社会的倫理の上に立って生物を見た場合の学問を説明する名目でしかないと思いますけどね。

そもそも、数学や物理や化学や、人間がなんとか理由づけしてようやく成り立っている学問だけで生物を説明できるのか?という疑問もある。いつまで経っても人間は大海を知らない井の中の蛙なのかしら。まあそれでもいい、とりあえず今のところは困っていないし。まだ分かっていないことで、これから分かりそうなことが山ほどある。「生物が生物のことを分かりつくすことはできない」と先生も言っていた。それでもいいのだ。とりあえず。生物はそういう学問だからいい。

に対して広告なんて、あいまいで雑多でなんともはっきりしない学問(学問か?)ですよ。「とりあえず感」のものさしが違う。生物は、学問のロードマップにとりあえずはあっても、個々の実験にとりあえずはない。広告は個々の企画からしてとりあえず、その先は知らん!勝手に野山となれ、みたいなところが多々あるからなあ。職場環境もお世辞にもいいとはいえないしねえ。生涯続ける学問としては不向きな気がするなあ。(もちろん広告にはデザインも含まれます。それに、純アートは含まないけど、商業アートは含む)

というわけで生物はいい。

June 25, 2007

生物3

[最初の細胞]
細胞が生きていくためには、RNAポリメラーゼや、リボソームなどのタンパク質が欠かせない。しかし、そのタンパク質は、DNAからしか作ることができず、DNAからタンパク質を作るには、また別のRNAポリメラーゼなどが必要となる。

人間の場合、初めにDNAの転写や翻訳を行うタンパク質は、受精卵の中にある、母親由来のタンパク質である。(尚、精細胞には、DNAと精細胞の生存に関わる少量のタンパク質だけが含まれ、次の生命に伝わるタンパク質は含まれていない)

生物2

[DNAの転写と翻訳]
DNAからタンパク質が作られるのは、以下のような流れで行われる。

まず、DNAに、RNAポリメラーゼが取り付く。ポリメラーゼは、取り付いたDNAのコピーを作る。このとき、DNAからDNAを作るのではなく、RNAを作る。(この作業を転写という)RNAは性質などほぼDNAと同じだが、構造や塩基の種類が少し違う。 DNAのコピーであるRNAは、m(メッセンジャーのm)RNAと呼ばれる。

RNAポリメラーゼが取り付く部分は、遺伝子のプロモーターと呼ばれる。また、取り付いたポリメラーゼがDNAから離れる部分は、遺伝子のターミネーターと呼ばれる。ちなみに、このRNAポリメラーゼ自体も、タンパク質の一種である。

なお、mRNAは、核内で合成され、核外に出る際、余分な部分(タンパク質に翻訳する際に不要となる塩基配列)を切り取られたり(この作業をスプライシングという)、また頭部や尾部に特定の配列をつなげられたりする。

次に、mRNAの塩基配列を細胞内のリボソームが読み取ることで、タンパク質が作られる。mRNAの塩基は、3つで1つのタンパク質を指定しており、この遺伝配列はコドンと呼ばれている。リボソームは、まずmRNAの頭部に取り付き、3つの塩基配列を1つのタンパク質に変換するごとに、3塩基ずつ進んでいく。

3つの塩基配列に1つのタンパク質を対応させる作業は、t(トランスファーのt)RNAによって行われる。tRNAは、全てのアミノ酸それぞれに個別に対応するRNAで、ある1種類のアミノ酸に特異的に結合する部分と、そのアミノ酸に対応する3塩基と相補的なRNA塩基を持つ。mRNAのコドンに、リボソームを介して、アミノ酸と結合したtRNAが取り付くことで、タンパク質のアミノ酸配列は1つ決定される。それが次々と行われることで、タンパク質が作られてゆく。リボソームは、tRNAとmRNAの結合の場として、また、アミノ酸を次々につなげていく反応の触媒として働いている。(この、mRNAからタンパク質を作る作業を翻訳という)

ちなみに、リボソームは、タンパク質と、r(リボソームのr)RNAから成る。細胞内に存在する主なRNAは、mRNA、tRNA、rRNAの3種類である。(ただし、一部で、異なる形態のRNAも存在する)

June 21, 2007

生物1

[多細胞生物]
多細胞生物は、数個から数億の細胞が集まって成り立っている生物。体の一部が無くなっても、個体が生存できることが多い。また、多細胞生物では、細胞は日々代謝によって、古いものから新しいものへ置き換えられる

[細胞]
細胞の中では、色々なタンパク質が発現していて、その相互作用によって、細胞は常に正常な状態に保たれている。タンパク質の発現自体を調節するのもまたタンパク質。この個別の機能をもったタンパク質は、人間では数千種類が存在。

[タンパク質]
タンパク質は、ほぼすべて細胞核にあるDNAにコーディングされている。DNAはA、G、C、Tの4種類の塩基からなる非常に長いポリマーである。通常はいくつかの特殊なタンパク質に巻きつくことでクロマチン構造をとり、小さく格納され、染色体という形で核内に存在している。ただし、タンパク質が発現する際には、DNAの特定の部分がほどかれ、遺伝子の転写が行われる。

June 09, 2007

時効警察

昨日、第二シリーズが最終回。三木聡はやはり別格だった。他の監督より断然間合いや小ネタがいい。あれを9回つくるのはやはりきついのだろうか。

トレンディードラマなら、幾つかの展開案から一つ選んで無難にストーリーをつくれば問題ないが、コメディーとなると、作家の発想に頼る部分が大きくなるのか。

ナースのお仕事や古畑のように、ちょっと疲弊したくらいで完結してくれると、見るがわとしては有り難いのだがね。

にしてもDVDは高い。二万円もする。

June 06, 2007

ホワイト家族24

CMがうまい。
普通なら、Attention(CMギミック)→商品説明とくるところを
商品説明→Attentionと逆にしている。
それでストーリーがしっかりしているし、
今までのCMシリーズ(外国人、犬)の流れもそのままで、
初めて日本人タレントを使っているけど、違和感もない。

June 02, 2007

NA

(ユニクロで気に入った商品を手に取って)ユニクロなんて、誰も買わなくなればいいのに

電車中

ブルータスの松本人志特集、中村勇吾のブログ、ブレーンの麻生哲郎の連載。いろいろ総合すると、自分でやりたいことを選ぶのは自分には向いていないような

すごく自信があるか。それをやらないと生きていけないほどそれをやりたいか

忙しくても我慢できるか。社会の地位やお金がなくてもそれをやりたいか

デザインの潮流は、コンセプトや考え方や、戦略やしくみで、ディティールはメインストリームではない。でも僕はディティールが好きだ。ただしそれをしなくても死なないし、それで勝つ自信がない。

きれいだと思ってそれを写真にとって現像してみて、やっぱりきれいだと思う。たまにすごくいい写真だとおもうのがとれる。ノルのロゴもそう。これが次はいいかな、あれもいいなと思ってメモして、たまの休みにちゃちゃっと作ってアップして、やっぱりいいなと思う。それでいいのでは?

広告枠を売るために視聴率をあげるための番組をつくる。それがすべてはおかしいという。なら自主制作しかなくなる。結局好きなもので稼ぐためには好きだからという以上の理由で努力せざるをえない。

October 07, 2006

感動

David Armand

August 02, 2006

外人

July 05, 2006

鳥肌実