January 25, 2010

ライター

僕はよく知らないんだけど、フリッパーズギターが再結成したらどうなるだろうか。誰かの何かの読み物で「(昔はとげとげしていたけれど)近年は二人ともお互い大人になって、難しく考えるようなこともなくなったようだ」って書いてあった。難しく考えなくなったからまたやるとも限らないけども。また、やったからいいものができるとも限らないけども。やって欲しい、というわけでもないのです。別にどっちでもない。よく知らないんだったら軽いこと言うなよ、とね、すいません。

普通のことを、大して深い意味もないことを、面白がって、わかりやすくしようとして、何かしら理由をつけ、高度に解釈している人、ライター。本人(インタビュイー)たちが何気なく言った少しの言葉をいちいち細部まで取り上げて、ここにはこういう意味が隠されているんじゃないか、などと、結構書き手の私見を織り交ぜながら、でも読者にわかりやすく興味深く構成し書き起こす。

というそんな仕事をしているインタビュワーたちもどこかでうんざりしている、けれどそうやって少ない言葉に理由づけをして何倍もの分量にするのが自分の仕事だし読者はきっとそれを期待していて、さらに悲しいことに読者なくして書籍は成り立たないもんだから、と、そう信じなければいけないことに、風潮になっているから、うんざりしながらもそんな仕事から抜け出せずにまたやってしまう。

実は読者だってそういう詮索にうんざりしていて、深い解釈に大して興味なんてなく、ただ生の声が聞ければそれで満足なだけのに、ライターは生声よりその裏の真意(のようなもの)をたくさん取り上げるもんだから、仕方なくそれを読む。あるいはいっそ読むのをやめてしまう。同様にインタビューされる本人たちはそんなスパイラルを目の当たりにしてかどうだか知らないが、だんだん子供じゃなくなるにつれて貝にとじこもりライターの前にでなくなる(まあ、大人になるにつれてまたライターの前に姿を現すのだけれど。そもそもはじめから大人な本人たちはライターや読者とうまいことやっていることが多いし)。

若い、次の世代の歌い手たちが、ライターの餌食になり、それに群がる読者も下の代に世代交代する。

こういうことを、たんなる世代のずれ・交代、と捉えるか、
だれも望みもしないことを、いままでそうやってきたからという理由でやり続けているだけ、と捉えるか。眠くなってきた。

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